ニッポンの書評


著者:豊崎 由美  出版社:光文社(光文社新書)   2011年4月刊  \777(税込)  230P


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書評家のはしくれとして、題名に「書評」と付いた新刊を見ては放っておけない。4月に本書が発売されてすぐに入手した。


一気に読みおわった。
面白かった。


いつもなら、すぐにこのブログで取りあげるのだが、取りあげなかった。『ニッポンの書評』には共感した内容が多かったのだが、どうしても反論しておきたい箇所があり、それを書けば批判がましい書評になってしまうからだ。


この「晴読雨読日記」を書きはじめたとき、
  「批判したくなったら、その本の書評は書かない」
というルールを決めた。


ネット書評には「オレさま系」とも言える上から目線の書評も多いが、僕はそうなりたくなかった。気に入らない本をけなしている暇があったら、お勧めしたい本のことを書けばいいのだ。


だから、『ニッポンの書評』もいったんお蔵入りさせたのだが、3ヵ月経ったところで「蔵出し」することにした。
「自分の名前を出して批判するのはOKだ」と、他ならぬ豊崎氏本人から聞いたからである。




本の内容に入る前に、余談からスタートさせていただく。


盲導犬クイールの一生』の著者で、編集者としても活躍している石黒謙吾さんが主催する「石黒謙吾の編集者的酒場ゼミナール」というゆる〜いトークショーに先週末行ってきた。
ちゃぶ台のある座敷でまず1時間半たっぷり食べて飲んでお腹を作ってから、石黒さんとゲストのトークを聴く、という趣向だ。


「編集者的」というだけあって、参加者は出版関係者が多い。
僕が名刺交換させていただいた方も、イラストレータ、編集者、アエラに署名記事を書いているライターのほか、「地球の歩き方」の社長なんていう肩書きの人も来ていた。


この日(7月15日)開かれた第5回ゼミナールのゲストが本書『ニッポンの書評』著者の豊崎由美氏だった。


今は書評中心に執筆活動している豊崎氏だが、最初は編集者としてこの業界に入り、その後、取材もインタビューも座談会のまとめも、何でもこなすライターとして記事を書いていたという。
「たたき上げ」と自称する豊崎氏のライター時代のお話しを聴かせていただこう、というのがインタビュアーの石黒さんの意図だ。


豊崎氏はライターという仕事に誇りを持っていて、
  「ライターがいなきゃ、雑誌はできない。
   ライターをなめんなよ」
と咆哮していたのが印象的だった。


そういえば、7月2日のブログで取りあげた『トラブルなう』の著者久田将義氏も、ヤクザからクレームを受けながら、
  「外部のライター諸氏がいてこそ出版社は成り立つのであり、
   守らなければならない」
と言っていた。


お二人とも、立場の弱いライターを守ろうとする心意気は敬服に値する。


当日の雰囲気は、他の参加者が書いたブログ(たとえばこちら)を見ていただくとして、トーク終了後、僕が豊崎氏とお話しした内容を報告したい。


「ブックレビュアー 浅沼ヒロシ」という名刺をお渡ししたあと、「以前は Amazon のカスタマーレビューも書いていて、ベスト100レビュアーになったことがあります」と自己紹介した。


アマゾンのレビューはひどい、と豊崎氏は『ニッポンの書評』の中で怒っているので、この自己紹介は少し挑発的だったかもしれない。ただ、豊崎氏はレビューランキングの仕組みを誤解しているようだったので、できればそれを指摘しておきたかったのだ。(具体的な“誤解”の内容はあとで書く)


豊崎氏はアマゾンのレビューランキングについての僕の説明を静かに聞いてくれ、「へー、そうなんですか」と納得してくれた。


また、「僕は批判する書評を書かないようにしています」と言ったところ、

「あなたのように名前を出した上なら批判してもいいと思いますよ。私が許せないのは匿名でけなすことです」

という反応が返ってきた。


闘う書評家から優しい言葉をかけてもらうと、ホッとするものだ。
この人が闘うのは、権威・権力を持っている人だけなんだろう、と思う。



長い前置きになったが、そろそろ『ニッポンの書評』の内容に入ろう。一部批判がましいことも書かせていただくが、著者公認なのでお許しあれ。


本書は光文社のPR誌「本が好き!」(現在休刊中)の2008年7月号から2009年11月号まで掲載された連載に加筆訂正したものである。


連載時は「ガター&スタンプ屋ですが、なにか? わたしの書評術」というタイトルだった。


「ガター&スタンプ」という見なれない言葉は、イギリスの作家ヴァージニア・ウルフが書評家を、「ガター(切り抜き)」と「スタンプ(評価印を押す)」だけの仕事、とくさしたことを指している。
作家から蔑視され、評論家から見下されても、書評家には書評家の誇りがある。文章を書く工夫もある、という反骨精神があらわれた連載名だ。


なんと言われようと「大八車」(豊崎氏の場合は小説)を押すのが書評家の役目なのだ、と第1講で自らの立場を宣言したあと、
  第2講 粗筋紹介も立派な書評
  第3講 書評の「読み物」としての面白さ
で書評のあるべき姿が示される。


以下、書評の文字数、日本と海外の書評の違い、「ネタばらし」問題など書評をめぐる制約や約束事について考察が進む。


勢いがついたところで、プロの書評と感想文の違い、新聞書評を採点してみる、『1Q84』の書評読みくらべ等、他者の書評をまな板に載せ、ザクザクと切り刻んでいく。


以前このブログで紹介した『正直書評。』(2006年1月の記事を参照)でも同業者をこき下ろしていた豊崎氏だが、今回もプロ・アマ問わずに厳しい評価を下している。


以前は外野で面白がって見ていたが、今回は平静でいられない。僕も原稿料をいただく書評を書いていて、少し書評ギョーカイに足を踏み入れた立場なのだ。だから、俎上に載った方々への同情心が先に立つ。


「正しい書評なんてない」という基本スタンスを表明している豊崎氏なのに、「本好き読者の立場から」新聞書評5段階評価で採点している。「あくまでトヨザキ個人の感想」と前置きはあるものの、最低評価のD(取りあげた本の害になっている)と烙印を押された書評子にお見舞いを申し上げる。
豊崎氏がどんな評価をしているのか、D評価が誰なのかを確かめたい人は、本書第12講「新聞書評を採点してみる」を参照されたい)


僕個人としては、第15講の「トヨザキ流書評の書き方」や、巻末対談で語られた豊崎氏の書評姿勢が参考になった。


ポスト・イットを貼りながらまず通読する、読み終えたらポスト・イットを貼った箇所を読み返すなどの手法はそんなに珍しくないかもしれないが、ほかに、「書評家」を名乗るより「ブックレビュアー」のほうがしっくりくる、とか、「淀川さんみたいになりたい」など、僕の書評ルールと通じるものも多かった。


ひとつだけ豊崎氏に異議を唱えたくなったのは、第11講で展開している、Amazon サイト上の読者によるカスタマーレビューについての見解だ。


「本が好き!」の連載を始めるまで Amazon のカスタマーレビューを注意して読んだことのなかった豊崎氏だったが、とんでもないレビューを発見して憤慨してしまった。


「公衆便所の落書きで感動出来る人なら読むのもいいかもしれない」と題した心ないレビューは、粗筋紹介はひどいし文章は稚拙だった。おまけに、ストーリーのネタばらしまで書かれていたということで、豊崎氏は激怒してしまった。
怒りにまかせ、「その駄文を、わたし個人の責任においてここに全文引用いたします」と、ネタばらし以外の文章を全文引用して糾弾している。


ちょっと待った、豊崎シャチョー!


あなた、新聞報道に求める正確さをゴシップ週刊誌に要求していませんか。


同じ「レビュー」という名前が付いていても、原稿料をもらった書き手が紙媒体に載せるブックレビューと同じ基準を Amazon のカスタマーレビューに適用するのは無茶だ。
この心ないレビューの題名ではないが、Amazon のカスタマーレビューには「便所の落書き」も含まれているのだから。


便所の落書き」を書き写して興奮している豊崎シャチョーは見たくない。


おまけに、この心ないレビュアーがベスト100レビュアーであることにも憤慨し、数多く書いたというだけで順位が上がる仕組みはやめた方がいい、と、次のように Amazon にアドバイスしている。

せめて、「このレビューは参考になりましたか?」の「はい」に対するクリック数から「いいえ」に相当するクリック数を引いた数で順位をお決めになってはいかがでしょう。そのくらいの手間はおかけになるべきではないかと思う次第でございます。


ちょっと待った、豊崎シャチョー!


先週末「編集者的酒場ゼミナール」でお会いしたときもお伝えしたとおり、「参考にならなかった」の投票数を考慮してランキングを決めていることは、Amazon「ベストレビュアーについて」というページに書いてありますよ。


そもそもレビュアーランキング一覧を見れば、「参考になった」投票数とランキングの順番が連動していないことは一目瞭然なんですから。(ベスト10までのAmazonレビュアーランキングはこちらを参照)


紙媒体には通じている豊崎氏も、ひょっとするとネット媒体では勝手がつかめないのかもしれない、と失礼ながら感じてしまった。


……と、気が付けば、もう3千字以上書いている。


紙媒体から発注される書評は、せいぜい800字から1,200字ということだから、編集者にこんな長い書評を提出したら、「1/4にカットしてね」と突き返されるに違いない。
限られた文字数で本の良さを紹介することがプロのワザ、と豊崎氏に叱られるだろう。


でも、長さ制限のないネット書評には、ネット書評の書き方がある。
今回は、圧縮や書き直しをせずに、このままアップさせていただく。


長文はご容赦いただくとして、出版に興味のある方、書評に興味のある方は、ぜひ本書を一読することをお勧めする。