著者:ナシーム・ニコラス・タレブ/著 望月衛/訳
出版社:ダイヤモンド社 2010年11月刊 \1,575(税込) 182P
2009年にベストセラーになった『ブラック・スワン』のスピンオフ本である。
スピンオフ作品を楽しむためには、本編の知識が不可欠なので、『ブラック・スワン』の内容をかいつまんで紹介する。
「ブラック・スワン」とは、文字どおり「黒い白鳥」のこと。
かつて西洋では、スワンは白い鳥に決まっていたが、オーストラリア大陸に白鳥と同じ姿で黒い鳥がいることがわかり、白鳥は「白い」という常識は通用しなくなってしまった。
同じように、常識で凝り固まった頭には「ありえない!」と思うことが、いつか必ず起こる。それは誰も予想できないゆえに、強いインパクトをもたらす。
標準偏差で何もかも予測しようというベル型カーブ論者は知的サギだ。気をつけたほうがいい。
身構えろ! 深刻な万が一のことには、全部備えておくのだ。
(詳しい内容は こちら を参照)
『ブラック・スワン』の出版から3年後。ベストセラーになった『ブラック・スワン』の第二版兼ペーパーバック版を出すときに、著者のタレブ氏は、新たにエッセイを書き加えた。
日本語版でどうするかを編集者と翻訳者で相談した結果、この追加エッセイ部分のみを独立した本として出すことを決めたそうだ。
「この追加部分がわかりやすく書かれている」というのが、独立した本を出すことにした理由だそうで、『ブラック・スワン』入門編の性格を持たせている、とのこと。
「本編に加えても売り上げが増えないからでは?」なんて邪推してはいけない。
出版社には、出版社の都合があるのだ。
「日本語版以外にも、フランス語版やイタリア語版などが同様の形をとっている」とあとがきの冒頭に書いてあるのだから、目くじらを立てるのはやめようではないか。
『ブラック・スワン』の入門編なのだから、『ブラック・スワン』上・下2巻の分厚さに躊躇している人にこそ読んでもらいたい。
逆に、既に『ブラック・スワン』を読んだ人には、無条件ではお勧めしない。『ブラック・スワン』と違う、何か新しい内容を期待すると肩すかしを食うからだ。
内容の大部分は、『ブラック・スワン』と同じ主題で書かれている。
タレブ氏独特の「あいつら、わかっちゃいない」というシニカルな物言いをもう一度楽しもう、という心構えで読むことをお勧めする。
以下、唯我独尊調のタレブ氏語録から、思わず心の中で拍手してしまった箇所をいくつか引用させてもらう。
その1
(物には二次的な使い道がある、という実例に、ノートパソコンの下にはさんだ本のことを紹介し)
この本を選んだのは、台にするのに厚さがちょうどよかったからだ。
この本を見ると、本は読まれるためにあり、だから電子ファイルにとって代わられるかもしれないという考えのバカバカしさがよくわかる。本にどれだけ無駄な機能があるか考えてみるといい。電子ファイルではお隣さんは感心してくれない。電子ファイルでは自分のエゴを立てかけておくこともできない。
内田樹著『街場のメディア論』で、
出版文化がまず照準すべき相手は「消費者」ではなく、「読書人」です。
と言い切っていたことを思い出させる。
さすがタレブ氏。アマノジャクなタツルと発想が似ている。
その2
(人間は極端な飢餓と極端な飽食を経験するようにできている、との持論を実践して)
デブのトニーその人でさえ感心するぐらい大食いし、それから苦しくならない程度に何回か食事を抜く。この2年半というもの、どうみても「健康とはいえない」健康法を続けたおかげで、私の身体がありとあらゆる点で変わった。いらない脂肪はなくなり、血圧は21歳の水準、そんな感じだ。加えて、頭はすっきりしたし、ずっと鋭くまわるようになった。
タレブ氏が自信たっぷりに紹介するちょっと変わったダイエット法だ。
でも、僕が何回か食事を抜いたら、きっと抜いた食事のカロリーを上まわる大食いをしてしまいそうなので、マネをするのはやめておこう。
その3
(ビジネス本をこきおろして)
ベストセラーになったせいで、この本は最初、ノンフィクションのビジネス本みたいな扱いを受けた。つまり、隅から隅までマスコミのやつらが書いたみたいな内容で、「腕のいい」編集者の手で完全に去勢され、「頭を使う」サラリーマン向けに空港で売られるような本だ。ああいう智恵のついう教養俗物を世間ではビジネス本マニアと言う。
自分の趣味に合わないヤツらは、みんなバカ! とひどいこと言っているのに、思わずゲラゲラ笑ってしまう。
尚、本書は、
「ブラック・スワンが育つ危険な領域を明らかにし、
それに対処するための具体的方法を示す。
経済・金融関係者必読!」
という推薦文がついた、統計と経済についてのエッセイである。念のため。