誰が誰に何を言ってるの?


著者:森 達也  出版社:大和書房  2010年3月刊  \1,575(税込)  243P


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本屋さんで著者名と書名を読みくらべ、


  タモリ倶楽部でバカやってる“達也”さんも、けっこう社会派なんだなぁー


と感心し、レジに持っていった。


読み進んでいくうちに、勘違いしていたことが分った。
タモリ倶楽部でバカやってるのは江川達也氏で、本書を書いた森達也氏は、マジメな映像作家だ。


本書と並行して読んでいた『中島岳志的アジア対談』(書評はこちら)にもたまたま森氏が登場していたが、顔写真を見ても見覚えがない。
たぶん、テレビで見かけたことのない人だ。


長くドキュメンタリーを撮ってきた森氏は、目の前の景色が変わることに敏感だ。


このところ、日本中で「特別警戒実施中」や「防犯カメラ作動中」という看板が増えてきたことに気づいた森氏は、急に増えすぎなのになぜ誰も声をあげないんだ、日本のメディアはおかしいんじゃないか、と警告するために本書を書いた。


世の中がますます危険になっているのなら、道行く人に警戒を呼びかける必要もあるかもしれない。しかし、日本の殺人事件や刑法犯罪は年々すくなくなっている。
「はじめに」で森氏が示したデータによると、2009年に起きた殺人事件の総認知件数は1097件と戦後の最小記録を更新したし、同じく209年の刑法犯は170万3千件で7年連続の減少となった。


海外に比べても日本の治安は決して悪くないのに、メディアは危ないとか怖いと煽るような報道を続けているのはなぜか。


それは、

  「危ないとか怖いなどと煽ったほうが、視聴率や部数の上昇につながるからだ」

と森氏は言う。


そして、その報道に乗っかるように、世の中は危険にあふれているんだぞ、と声高に叫ぶような掲示が多くなる。


森氏の元に集まった写真の中には、山奥に「テロ警戒中」という表示があったり、真新しい不動明王の像のかたわらに「護衛不動尊」というノボリが立っていたりするものがある。


なにげなく見過ごしてしまいそうだが、登山客しか通らない山のなかで機動隊がテロを警戒しているはずはない。もしそうだとしても、登山客にテロ警戒中を教えて何になるのか。
何のために誰が誰に言っているのか分らない内容である。


また、いままでに存在しなかった「護衛不動尊」が作られるのなら、そのうち「防衛如来」や「危機管理菩薩」も作られるかもしれない。
そう考えると、不気味ではないか。


「防犯カメラ」が堂々と「監視カメラ」と表示されるようになったり、「特別警戒中」がいつも掲示されたりしても何も感じなくなったことを異常と思った方がよいのかもしれない。



本書を読む前から、僕も最近のニュース報道にうんざりしていた。


家族で食事しながら朝のニュース番組を見ていると、必ずといっていいほど殺人事件のニュースが出てくる。


「トランクから首のない死体が見つかった」なんていうニュースを見ながら食事しても、おいしくない。


他のニュースをやっている別の局に変えても、今度はその局のニュースに首なし死体が登場する。


いいかげんにしてくれ!


森氏の言うように、マスコミは視聴率を上げるために刺激の強いニュースを取り上げるものなのだろうか。
僕のように刺激の強いニュースが流れるとチャンネルを変える人間は少数派なのだろうか。


もし森氏の主張が正しいのなら、いったいどうしたらいいのだろう。


ガイドラインという名の報道規制を強化すればいいの?
でも、“規制”は社会を息苦しくするんじゃないの?


じゃ、いったい、どうしたらいいの? と、堂堂巡りの答えのない問題を読者が考え込んでしまったら、きっと森氏の思うつぼなのだろう。