著者:岩崎 俊一 出版社:東急エージェンシー 2009年7月刊 \1,995(税込) 317P
1980年代、コピーライターは憧れの職業でした。
糸井重里氏が「ひとふで○○万円」と騒がれ、当時はかけだしコピーライターだった林真理子氏がテレビ出演したときに、
「私も糸井さんのようになりたい……」
とつぶやいていました。
「コピーライターは現代の詩人」ともてはやされたかと思えば、「いやいや、あくまで商品を買わせようとする企業の手先」と非難されることもある。
良くも悪くも、注目される存在でした。
その後、それほど憧れる職業ではなくなったようですが、魅力的なフレーズで広告に命を吹きこむ役割は、今も変わりません。
本書は、40年ちかくコピーを書き続けてきた岩崎氏が、思い出に残る作品を集め、書き上げるまでのエピソードを書き加えた作品集です。
序文のなかで、岩崎氏は「幸福」について次のように述べています。
幸福になること。
人は、間違いなく、その北極星をめざしている。
そのためにこそ、さまざまな表現物はこの世に生まれ、人に出会い、
出会った人の心に寄りそい、背中を抱きしめ、そして人の前に火を灯して、
歩むべき道を照らす。
コピーも例外ではない、といばるつもりはないが、少なくともここをめざ
して書かなければいけないと、ずっと思ってきた。
私はどちらかというと、「広告は、広告。文学ではない」と考えてしまうほうなのですが、一つひとつの作品をゆっくり読んでいて、ゆったりした気持ちになることに気づきました。
残間里江子氏も、「鬼の目にも涙。不覚にも何度も泣いてしまった」と言っています。
コピーの作品集という性格上、本書は「決めゼリフ」の集まりです。
あまりたくさん引用するわけにいきませんので、2つだけ紹介させていただきます。
その2。
1983年のソニーのビデオカメラ(ベータムービー)のコピーです。
学芸会で「木」の役というきわめつけの脇役を演じる女の子がクローズアップされて……
お父さんが撮ると、
私が主役になるから、
不思議だな。
このコピーには岩崎氏の忘れられない後日談があります。
家でこのCMを見ていた岩崎氏が、なにげなく「あ、これ、俺がつくったんだよ」と言いました。
しかし、家族の反応は冷たく、娘たちは「よっく言うよ」と言い返します。
仕事中心の岩崎氏は、このCMのお父さんと違って、学芸会にも運動会にも、もちろん父親参観にも出たことがありません。
「どのツラ下げてそう言うのか」といわんばかりの反応に、岩崎氏はショックを受けます。
何か弁明しようとする岩崎氏に、娘たちは追いうちをかけました。
「グレなかっただけでもありがたいと思いなさい」
この娘さんの作品、笑えるんですけど(笑)。