著者:香山 リカ 出版社:ミシマ社 2009年3月刊 \1,575(税込) 207P
著者の香山氏がテレビでコメンテーターをしているところを見かけたことがありますが、どんな人かあまり良く知りません。たくさん出している著作も一冊も読んだことがありませんでした。
女性、若者、うつ関係の本が多いようで、オジサンの私には縁遠かったのです。
でも、文章術の本となると別です。
「写経のように書く」ことを勧めているようだけど、「写経のように」って、どんな書き方なんだろう?
興味をそそられて手にしました。
ふつうの文章術の本は、他の人に読んでもらうための書き方を教えるものですが、本書は違います。自分のために文章を書くことを勧め、そのために気持ちよく書く方法を提案するという、かなり珍しい切り口で書かれています。
作文を通じたセラピーの入門書という位置づけがいちばん近いでしょう。
そもそも、香山氏自身、あれだけたくさんの本を出していても、自分をプロの作家と思っていないそうで、「書くのはあくまでも気晴らしや楽しみのため、でなくてはならない」と断言しています。
「出版社の人が書けって言うから、チョコチョコって書いてるだけなのよ」なんて言ってるみたいで、ちょっとイヤミな言い方に聞こえます。
でも、べつに悪気はなさそうなので怒るのはやめて、先へ進みますね。
香山氏にとって気晴らしではない執筆は何かというと、医学論文を書くことです。「本業は精神科医」と自覚する香山氏にとって、論文に失敗は許されません。
ここでもうひとこと付けくわえようか、いや全体の流れからしてやめたほうがいいか、などと苦しみながら1行に時間をかけることも多いといいます。
それに比べると、雑誌や単行本の原稿は「筆のすべり」もある程度は許される世界で、脱線したからといって「論旨に合わない」と叱られることもありません。
いかにも気楽に書いているのです。
――悪気はないとしても、「気楽に書いた原稿が次々と本になる」というのはやっぱりイヤミですねぇ〜。
気を取りなおして、先へ進みましょう。
プロの作家が書き出しに何日も時間をかけたり、自分が医学論文の一部分に時間をとられたりした経験から、香山氏は、「自分のために書く文章というのは一定リズムで書くのが良い」という結論を出しました。
一定のリズムで書くことを「写経」になぞらえ、
- 思いついたことから言葉にしていく
- 考えが詰まったときは「具体例を書く」
- ウソや作り事は書かない
などの具体的な書き方を教えています。
精神科医の立場からすると、ウソや作り事を書くのはとても危険な行為だそうで、空想の世界を書きすぎて精神のバランスをくずしてしまった人の例も紹介してあります。
『ウェブはバカと暇人のもの』という刺激的なタイトルの本が出ている通り、インターネットには、「自分のために書いた文章」があふれています。
しかし、文章を書くことで気持ちの整理がつくなら、少なくとも本人にとって有効なセラピーになります。
香山氏の主張には、「こう書かねばならない」という押しつけがましさがありません。「こう書いてみればー」という、少し投げやり気味のアドバイスが心地よく感じました。
「気になったら、読んでみればー」と、私もやや投げやりにオススメしておきます。