ビジネスで失敗する人の10の法則


著者:ドナルド・R・キーオ・著 山岡洋一/訳
出版社:日本経済新聞出版社  2009年4月刊  \1,680(税込)  220P


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友人に本を勧めたり、おもしろい本を教えてもらうのは楽しいものです。


しかし、友人とちがって上下関係がからむと、この楽しい行為が不快感に変わることもあります。


人から聞いた話ですが、どんな本を読んでいるのかと就職試験で尋ねられ、熱中している作家の名前を正直に答えたことがあるそうです。
そのとき試験官から、
  「そんなマイナーな作家が好きだなんて、人間性に問題がある。
   大多数の人が好むようなメジャーな小説家の本を読みなさい」
とお説教され、嫌な思いをしたそうです。



私も新入社員のころ、上司にどんな本を読んでいるか尋ねられ、当時話題を呼んでいたピューリッツァー賞受賞作『ゲーデル,エッシャー,バッハ』を読んでいると答えました。
上司からは、
  「知らんなあ。もっと仕事に役立つ本を読みなさい」
と言われ、『アイアコッカ―わが闘魂の経営』を勧められました。


あとで上司が貸してくれたのはクライスラー社会長を務めたアイアコッカ氏が書いた本で、自分がどれだけ優れたセールスマンだったかを示し、業績の悪かった会社を立て直した過程を自慢げに描いています。
しかたなく最後まで目を通して上司に返しましたが、いやな読後感が残りました。


ゲーデル,エッシャー,バッハ』は素晴らしい本です。
数学、アート、音楽、人工知能認知科学分子生物学など、多くの分野に精通した著者が繰り出す言葉遊びは、よく分からない箇所が多かったものの、知的に背伸びしながら読む喜びがありました。


この素晴らしい本とアイアコッカ氏の本をならべて比べることはできませんが、ともかく「私は成功者だ」という自慢話は聞きたくありません。
この経験のおかげで、その後も経営者の書いた本を遠ざけるようになりました。
いまでも「りっぱな業績を残した経営者が書いた成功哲学」は、好きではありません。


では、どうして嫌いなジャンルの本を「今日の一冊」として取りあげたのか。


出版社さんから献本されたので仕方なく読んだ(笑)……というのが第1の理由です。


2つめの理由は、著者が生まれついてのお金持ちではなく、親近感が持てるから。


著者のキーオが3歳のとき、自宅が全焼しました。第一次世界大戦後の大恐慌の最中にほとんどすべてを失った父は、家畜商をしながら一家を支えてくれたといいます。


第二次世界大戦中に海軍に入り、復員後に大学は出ていますが、キーオは多くの経営者の経歴とちがって、哲学を専攻しました。
テレビ局にアナウンサーとして短期間勤務したあと、地元の食品会社に転職します。その後、この会社が何度か買収されてキーオはコカ・コーラの社員になりました。


その後、買収された子会社出身者としてコカ・コーラの社長にまで登りつめるのですが、いかにもエリートという経歴ではないところがいいですね。


3つめの理由は、自慢話が多くなりそうな「成功する方法」を述べるのではなく、「失敗する方法」をメインテーマに掲げていることです。


もちろん多くの失敗の実例を紹介して読者に警戒を呼びかけています。なかでも、キーオ自身の大きな失敗も明かしている「法則7」は秀逸で、失敗の教訓が身にしみるのはもちろん、本書全体が信頼に足る内容であることを確信させてくれます。


いつも通り、内容のネタばらしは自粛とさせていただきますので、目次の項目だけ紹介させてもらいます。

  序文(ウォーレン・バフェット
  はじめに
  法則1 リスクをとるのを止める
  法則2 柔軟性をなくす
  法則3 部下を遠ざける
  法則4 自分は無謬だと考える
  法則5 反則すれすれのところで戦う
  法則6 考えるのに時間を使わない
  法則7 専門家と外部コンサルタントを全面的に信頼する
  法則8 官僚組織を愛する
  法則9 一貫性のないメッセージを送る
  法則10 将来を恐れる
  法則11 仕事への熱意、人生への熱意を失う
  謝辞
  訳者あとがき


どれも「こうすれば失敗する」という教訓に満ちた法則です。


最後に、ひとつだけ「法則9」の中の笑っちゃうエピソードを紹介しましょう。


IBMが顧客重視の姿勢を強く打ち出すために、主要幹部を集めて大会議を開いたことがありました。1989年のこの会議のハイライトとして、キーオは講演を依頼されます。
講演の直前、本社の経営陣が真剣に議論している様子を映したビデオが流されました。


上着をぬぎ、腕まくりをして意見交換する参加者のテーブルには、ペプシコーラの缶が置いてあることにキーオは気づきます。


ビデオがおわって演壇に立ったキーオは、もう一度ビデオを流してもらい、ペプシコーラの缶が映っているところでストップさせました。

何度も映像をチェックしただろうに、コカコーラの社長を呼んでペプシコーラの映像を見せてしまうことに、誰も気づかなかった。演壇にいる顧客(キーオ)に気づいていないのなら、顧客重視を議論していても仕方ない。
会議は終わりにしてもいいのではないか。


キーオの辛辣な指摘に、会議場は凍りついたように静まりかえりますが、そのあと歓声が起こって拍手がわきました。
「一貫性のないメッセージを送ってはいけない」というキーオの主張が伝わった瞬間でした。


さきほど「ネタばらしは自粛」と書きました。
にもかかわらず、こうして一つネタばらししてしまったのは、「一貫性がない」証拠ですね。


「法則9」を守れなかった私をお許しください。