著者:植西 聡 出版社:Nanaブックス 2009年2月刊 \1,050(税込) 134P
ビジネスマンを励ます言葉を集めた自己啓発書です。
よく自己啓発書には、「実践しないと効果が出ない」とか、「読んでいるだけではダメです」と書いています。
しかし人生に欠かせない座右の書ならともかく、一冊本を読むたびに生活や行動を変えなければならないとしたら、気軽に本を読めなくなってしまいます。
特に私のように良い本にめぐり合うために多読している人間は、こういうおどし文句は無視するしかありません。
だいたい、こういうおどし文句(ひょっとすると本当のことかもしれませんが)を書いている本は、著者自身の意見をを押しつける度合が強いです。
「俺の言うことを開け!」、「わたしの言うことを開きなさーい!」と、耳もとであまりガンガン言われても、かえって引いてしまうのですよ。
その点、本日の一冊は、自己啓発本なのに押しつけがましさを感じません。過去の「天才」や「ヒーロー」たちの名言集という性格からくるのかもしれませんが、著者の出しゃばり度が低く、ちょうど良い加減。
かといって適当に名言を並べただけといういい加減さもない。きちんと著者の目ききと教養が背後に感じられる一書です。
ちょっと深読みかもしれませんが、「はじめに」の中で著者の植西さんは
「本書では種々の言葉を集め」
と書いています。
「種々」という誰でも読めそうな言葉に「しゅじゅ」とルビがふってあるのを読み、私は、「シュジュのことば」「シュジュのことば」と無意識にくり返し、心の中で「あっ!」と叫びました。
そうだ、芥川龍之介にも「シュジュ(侏儒)の言葉」という警句集があった! 高校生の頃、たしか角川文庫で読んだっけ。ひねた言いまわしが難しかったけど、人生を達観した投げやりな感じが良かったなぁ、と思い出しました。
植西さんがわざわざ「しゅじゅ」とルビを振ったのは、きっと芥川龍之介を意識したに違いありません。
青空文庫で確かめてみると、「侏儒の言葉」(小人の言葉、見識のない人の言葉という意味です)には、芥川自身のエッセイが180本以上収められています。(青空文庫の「侏儒の言葉」はこちら)
高校の現代国語の教科書にも載っていた「椎の葉」のように長めの文章もあれば、「フロオベルのわたしに教えたものは美しい退屈もあると言うことである」のように、フローベルを読んだことのない私には何を言っているんだか分からない
短いものもあります。
いいんだよなあ、この「ワケわかんない!」感が……。
芥川龍之介はこのくらいにして植西さんの本にもどりましょう。
本書では、「ヒーロー」や「天才」の遺した短い言葉に着目し、現代社会に生きるビジネスマンにも通じる教訓をピックアップしています。
見開き2ページで1つの言葉を解説するというスタイルですので、すきま時間に少しずつ読むこともできます。割と気軽に読め、しかも、書いてあることがスーッと心に入ってきます。
箴言の出所は、タキトゥスからダライ・ラマ14世、アインシュタインから斎藤由多加まで、まさに古今、東西、硬軟おりまぜて選ばれています。
「運命はその人の性格の中にある」という、芥川龍之介の言葉もありました。
たぶん「侏儒の言葉」の中の言葉と思いますが、版が違うのか、青空文庫では次のような表現になっていました。
運命
運命は偶然よりも必然である。「運命は性格の中にある」と云う言葉は
決して等閑に生まれたものではない。
植西さんが芥川龍之介の言葉の解説文で言いたかったことは、いつもマイナスの言葉を吐き、マイナスの思考をしている人は仕事運や対人運も低下していく、ということです。
同じ Chapter3 には松下幸之助の「蓮がいい人とは、自分のことを“運がいい人”と思っている人のこと」という言葉も載っています。
どの自己啓発書でも良く聞くアドバイスですが、松下幸之助だけでなく芥川龍之介も言っていたと聞くと、何か古くから知られている「知る人ぞ知る」法則に見えてくるから不思議です。
こういう落ち着いた本は、張りきっている新入社員よりも、知らず知らず職場の「常識」に浸かってしまっている中堅社員の方が感じるものがあると思います。
「あっ、こんな考え方もあったんだ」という発見や、「そうか、こうすればいいのかもしれない」という気付きやヒントが得られることでしょう。