この世でいちばん大事な「カネ」の話


著者:西原 理恵子  出版社:理論社  2008年12月刊  \1,365(税込)  234P


この世でいちばん大事な「カネ」の話 (よりみちパン!セ)    購入する際は、こちらから


漫画家の西原理恵子が、自分の半生を通して「おかね」の大切さをしみじみと語る一書です。


西原理恵子は私の大好きな作家の一人で、いままで次の5冊を紹介しています。
毎日かあさん カニ母編』 (http://d.hatena.ne.jp/pyon3/20041104)
毎日かあさん2 お入学編』(http://d.hatena.ne.jp/pyon3/20050728)
『上京ものがたり』     (http://d.hatena.ne.jp/pyon3/20051021)
『ああ娘』         (http://d.hatena.ne.jp/pyon3/20070530)
『いけちゃんとぼく』    (http://d.hatena.ne.jp/pyon3/20080128)


知らない方もおられると思いますが、著者の名前は「ニシハラリエコ」ではなく「サイバラリエコ」と読みます。間違える人が多いのか、本人が自分のことを「サイバラ」と自称していますので、私も「サイバラ」と呼ばせていただきます。


サイバラはお金のことで苦労をしてきました。


上京してからのお金の苦労はマンガ『上京ものがたり』に書いてありますが、本書では、高知県の田舎町でもお金の苦労をしていたことを明かしています。



サイバラの実の父はアルコール依存症で、お酒を飲むと手がつけられないほど暴れる人でした。
母が父と離婚して実家に戻ってきたとき、サイバラはまだお母さんのお腹の中にいたといいます。


生まれた漁師町は町中が貧乏だったので、一家が裕福ではなくてもサイバラには何の不自由も不安もありませんでした。
しかし、実の父がサイバラが3歳のときにドブにはまって死に、6歳のときに母が再婚したため、サイバラは新しい町に引っ越します。


「とても殺伐としたところ」に不穏な空気を感じ、サイバラは不安になります。


新しいお父さんはお酒は飲みませんでしたが、今度はバクチに夢中になる人で、バクチに負けた腹いせに家でよく暴れました。近所の子どもたちも、手癖は悪いは、デビューは早いは、先を争うように不良になっていきます。みんな「貧困」と「暴力」のせいだった、とサイバラは悲しそうに振り返ります。


こんな土地から逃げだそう。
そう決意したサイバラが東京の大学を受験しようとした日、ギャンブルの借金のせいで2番目の父が自殺してしまいます。


しかし、残された母がお金をかき集めてくれ、サイバラは東京へ行かせもらえることになりました。


武蔵野美術大学に入学したものの、自分の絵のレベルが美大内では最低レベルであることを思い知らされます。しかしサイバラに落ち込んでいる余裕はありません。
最下位には最下位の闘い方がある、と必死に売り込みを行い、どんなつまらないイラストやカットでもありがたく描かせてもらいました。


エロ本のカットを描く仕事がきっかけでチャンスを得、やっと売れっ子になった今も、あの頃の恐怖は忘れられません。


半生を語り終えたサイバラは、カネについて仕事について、次のような教訓を語ります。


○「どうしたら夢が叶うか」って考えると、全部あきらめてしまいそうに
 なるけど、そうじゃなくって「どうしたらそれで稼げるか?」って考えて
 みてごらん。
  そうすると、必ず、次の一手が見えてくるものなんだよ。


○ 今、自分がいる場所が気に入らなくって、つらい思いをしている子だって、
 その「嫌だ」って気持ちが、いつか必ず、きっと自分の力になる。


○「人間はお金がすべてじゃない」「しあわせは、お金なんかでは買えない
 んだ」っていう、アレ。
  そういう人は、いったい何を根拠にして、そう言いきれるんだろう?


○ 覚えておいて。
  どんなときでも、働くこと、働き続けることが「希望」になるっていう
 ことを。
  (中略)
  人が人であることをやめないために、人は働くんだよ。


私が一番印象に残ったのは、サイバラが親子の「連鎖」について語った言葉です。


子どもの頃をふり返ってサイバラは言います。
  「貧しさ」は連鎖する。それといっしょに埋められない「さびしさ」も
  連鎖していく。ループを断ち切れないまま、親と同じものを、次の世代
  の子どもたちも背負っていく。


離婚した元夫のアルコール中毒がなおって、ガンで他界するまでのわずかの間、「もしかすると、生まれたときの環境を抜け出すことができたのかな」とサイバラは感じたそうです。


いつも断定的に物を言うサイバラなのに、なぜ「もしかすると」なんて言ったのでしょう。


確かにヘタな絵を武器にして人生を切り開いてこられた。
カネで苦労した親と違って、暮らしに困ることはなくなった。


でも……。
でも、気がつけば実の父と同じアルコール依存症で、2番目の父と同じく暴力をふるう夫と結婚することになった。
自分自身も雑誌の取材をきっかけにギャンブルにのめり込むようになってしまった。


やはり埋められない「さびしさ」のループは断ち切れなかったのか……。


いやいや。
元夫のアルコール中毒が治ったことで、ループは断ち切れたのかもしれない。


そんな心の揺れが「もしかすると」と言わせたのでしょう。



社会の底辺からはい上がってきたサイバラの語る「カネ」の大切さには、空恐ろしいほどの迫力があります。
「カネについて口にするのははしたない」という決めつけが間違っていることを教えてくれる一書です。