会社人生で必要な知恵はすべてマグロ船で学んだ


著者:齊藤 正明  出版社:マイコミ新書  2009年2月刊  \819(税込)  199P


会社人生で必要な知恵はすべてマグロ船で学んだ (マイコミ新書)    購入する際は、こちらから


マグロの鮮度を保つ薬剤の研究をしていた著者の齊藤さんは、ある日、マグロ船に乗ってくるように上司から命令されました。マグロ船に乗ることと研究を進めることの関係性は理解できませんでしたが、気弱な齊藤さんは断ることができません。上司が話をつけてきた全長わずか20mの船で、40日間の遠洋漁船生活がはじまってしまいます。


吐かなかった日は2日だけ、というほど船酔いがひどいなか、齊藤さんは船の生活が予想ほどひどくないことに気づきました。マグロ漁師の世界観を知ればしるほど、自分が会社生活で培った常識が間違っているかを思いしらされます。


ストレスとうまく付き合い、よりよい日々を過ごすためのヒントをたくさん学んだ齊藤さんは、8年間の熟成期間を経て、自分の経験を一冊の本にまとめあげました。


今日の一冊は、タイトルに負けない、深い気づきにあふれた一書です。



齊藤さんの乗った船は、大分から出航しました。
大分弁と思われる乗組員たちは自分のことを「おいどー」と言い、鹿児島弁の「おいどん」と微妙に異なっています。


この「おいどー」に続く言葉が深い。


たとえば船長が次のように説教します。

 「ええか、齊藤。おいどーらがマグロを捕りに行くとき、一番大事なこと
  を知っちょるか?
  それは『決める』ことど。おいどーらも、どこにマグロがいるかなんて
  わからん。情報を集めて、『ここで漁をしよう』と、えいやで決めちょ
  る。当たり前じゃが、そこにマグロがいるなんて保証はねーんど」


続けて船長は、決めないで海の上をウロウロしても「必ず捕れる」保証なんかない。それなら、早く決めて漁をした方がいい。ダメだったら次の漁場へ移ればいいのだから。


経営の意志決定スピードの重要さを示す、含蓄の深い説教です。


マグロ漁師がいくら良い話をしてくれても、受け止める側が何も感じなければそれまでです。
その点、齊藤さんは、聞き役として重要な2つの素養を持っていました。



その1。
自分の素質(ビジネススキル)が劣っていること。それを隠さないこと。


通路を歩いていて船長に「暑いのぉ」と話しかけられ、著者は素っ気なく、「赤道ですからね」と答えました。
こんな応答では話がふくらみません。


船長は、次のように諭します。
 「あんまり素っ気なく返事をすると、話しかけにくいやつと思わるるど。
  (中略)あいさつで出鼻をくじかれると、次に何も話せめーが」


ちょっとした会話の工夫を教えてもらったことで、この後ものすごく役に立った、と感謝する齊藤さんでした。



その2。
船酔いで苦しみながらも、好奇心旺盛なこと。


入港先のキャバクラ嬢とプライベートで付き合ってしまうほど口説き方のうまい人がいる、と聞くと、齊藤さんはタイミングを狙って「どんなテクニックを使っているんですか?」とインタビューを開始しました。


決してモテる話にだけ反応しているわけではありません。
マグロの胴体が丸くえぐられているのはなぜか、適当な性格のコック長がみんなから信頼されているのはなぜか、はてはゴキブリをなんとかできないのかという相談まで、漁師たちに質問してまわります。


「齊藤はひどいのー。ストレートにものを言いよる」
「齊藤はそげーなこともわからんのか? 本当にバカじゃのう」


著者の熱心さにほだされて、揶揄しながらも漁師たちはていねいに教えてくれるようになりました。


菜の花の沖』で描かれた北前船の世界では、古株の乗組員が新人を虐待しており、作者の司馬遼太郎氏は、イジメが日本人の悪しき風習であると断じていました。
司馬氏の指摘はこのマグロ船の漁師たちに当てはまらなかったようです。


「すぐにカッとなり怒鳴る」という齊藤さんの先入観とも異なり、仲間どうしの良い面を口に出して褒め、叱るふりをして後輩も褒め、本物の漁師たちは人間関係に気を使っていました。
また、マグロが捕れる日も捕れない日も淡々とやるべきことを続け、結果に一喜一憂しないストレス耐性を持っていました。


この著者だったから、このマグロ船だったから引き出せた教訓は見事です。
実例で教わる教訓は、ストンと腑に落ちてくるに違いありません。