著者:ピエール・アスリーヌ他著 佐々木勉/訳
出版社:岩波書店 2008年7月刊 \1,785(税込) 167P
年頭のウォーミングアップに余談からはじめさせていただきます。
本の裏表紙にはISBNという図書コードが書かれています。
2007年から13桁になったのですが、多くのオンライン書店や図書館では旧規格の10桁で通用するので、私は10桁を使用しています。
本日取りあげる『ウィキペディア革命』のISBN-10は「4000222058」です。
1桁目の「4」は日本を表し、その後ろに「出版者記号」「書名記号」「チェックデジット」が続くのですが、本書の出版者記号は「00」。つまり、岩波書店は、いちばん最初に図書コード割り当てられた出版社なのです。(ちなみに「01」は旺文社、「02」は朝日新聞社、……と続きます)
余談はこれくらいにして、今日の一冊は、日本の老舗出版社を代表する岩波書店の本を久しぶりに取りあげました。もう何十年もかわっていない「種まく人」のロゴは知的虚栄心をくすぐります。
……が、最初にお詫びしておきます。
この本、読みにくいです。
まず、タイトルが分かりづらい。
「ウィキペディア革命」というからには、ウィキペディアの素晴らしさを解説しているのかと思いきや、読み進んでいくと、正確性に欠けるだの、体系性・階層性が欠如しているだの、ウィキペディアを批判する言葉がならんでいます。
かと思えば、訳者あとがきには「ウィキペディアの批判本ではない」と書いてあります。じゃあ、フランス人がアメリカ発のイノベーションに文句つけている本なのかというと、「では、反米論か。そうではない」と、またも訳者に否定されます。
いったい、何が書いてあるんじゃい!!
訳者にもうひとつ文句を言わせてもらうと、文章が分かりづらい。
ひとつ、例をあげます。
この百科事典には、その誕生からあらゆる社会現象がそのメンタリティ
の中に根を張り巡らせてきた。それが存在する以上、我々はそれを携え
て行くしかない
の一文。
「この百科事典」がウィキペディアを示していることはすぐ分かりますが、そのあと、「その誕生」「そのメンタリティ」「それが存在する」「それを携えて」と、わずか70文字のなかに指示代名詞が4つも入っています。
もしかすると凝った言い回しの原文に忠実なだけなのかもしれませんが、これじゃ読者が疲れてしまいます。
以上、読みにくい理由をならべました。
それでも本書をお勧めする理由は、この本には、今まで知らなかったウィキペディアの姿が書かれているからです。
ウィキペディアというと、何を思い浮かべますか?
- 誰でも簡単に書き込みができる
- 利用料無料だが、寄付金を募っている
- 調べ物をするとき便利
――というところでしょうか。
私も本書を読むまでは、この程度の認識でした。
しかし、本書で知ったウィキペディアの姿は、「百科事典」というよりは「2ちゃんねる」に近いものでした。
確かに、科学技術系の用語解説のように、あまり議論の余地がない項目は修正頻度も低く、信頼性も高いようです。しかし、対立する意見がある項目は頻繁に修正が入り、極端な意見が書かれては消される状態が続いてしまいます。
書き込みについての論争が起こった際には、ウィキペディアの調停委員が議論を整理します。専従職員のほとんどいないウィキペディアですので、この調停委員は、それまで多くの項目を書いたり修正した実績のある投稿者の中から選ばれます。
記事の内容について大きな権限を持つ役職は、ウィキペディア投稿者の尊敬と羨望を集める役職で、中には役職に就くために不正をはたらく人間も出現します。どんな不正かというと、一人で二つのアドレスを使い分け、片方のアドレスを使って記事に間違いを埋め込み、別のアドレスでその間違いを修正するのです。
ウィキペディア記事内容の正確性を高めるはずの役職者がこういう状態とは知りませんでした。この事実を知ってしまうと、今までのように気軽にウィキペディアを使えなくなりそうです。
本書で知った内容で、もう一つ驚いたのは、ウィキペディアの共同設立者の一人が構想していたのは「2つのサイト」だった、ということです。サイトの1つを従来の百科事典と同じ方式(学者で構成される委員会が内容を監視する)で運用し、もう一方のサイトをオープンにするという構想でした。
ウィキペディアのおかげで、紙の百科事典を出版していた会社が運営するオンライン百科事典は軒並み消滅しようとしています。
最後に残ったウィキペディアが落書き帳のようなものだとしたら、私たちは、何を信じれば良いのでしょうか。
シリアスに情報の未来を考えさせられる一書でした。