部下を持つすべての人に役立つ 即戦力の人心術


著者:マイケル・アブラショフ/著 吉越 浩一郎/訳・解説
出版社:三笠書房  2008年9月刊  \1,575(税込)  237P


即戦力の人心術―部下を持つすべての人に役立つ    購入する際は、こちらから

「戦術」とか「戦略」のように、ビジネスの世界で使うことばの中には、軍隊から借用したものがたくさんあります。味方の力を結集して競争相手に勝っていこうとする営みが、戦争に似ているからでしょう。


本書も軍隊の成功経験からビジネスを語る本です。
ただし、孫子の兵法やクラウゼヴィッツの『戦争論』のように遠い時代の理論ではなく、イラク戦争に従軍したアメリカ海軍の元艦長が書いたもの。新しいといえば、これほど新しい作戦書はありません。
「最新」の兵法書といえるでしょう。


本書の著者アブラショフ氏は、アメリカ海軍で誘導ミサイル駆逐艦の艦長を2年間つとめました。
著者が着任した船は「海軍で一番下のダメ軍艦」とレッテルをはられていたのですが、同じスタッフのまま短期間で「全米一」と評価される優秀な軍艦に生まれ変わりました。


どうやって組織風土を変え、成果をあげることができたのか。本書には、感動さえ覚える著者の工夫の数々が披露されています。


著者が艦長として着任する日、慣例として前任艦長の離任式が目の前で行われました。
300人の乗組員が前任艦長を見送る視線はひややかでした。惜別の情がみられないばかりか、せいせいした、という顔つきにさえ見えます。


不機嫌な部下たちに、たった一人で立ち向かうことになった著者は、まず乗組員の不満の原因をさぐることからスタートしました。給料が安いことへの不満が一番だろうと思っていたところ、驚いたことに給料の問題は5番めです。
1番めは、なんと「上司から大切に扱ってもらえないこと」でした。2番め以降も、「積極的な行動を抑え込まれること」、「意見に耳を貸してもらえないこと」など、仕事のうえで尊重されないことへの不満が上位を占めています。


著者が決めた方針はシンプルでした。


ならば、部下を大切にしよう。
積極的な行動をうながし、じっくり意見を聞くようにしよう。


部下から意見をきき、優れたアイデアを集めるためには、乗組員一人ひとりと人間関係をむすぶ必要があります。つぎに著者が行ったのは、部下の面接をおこない、300人の名前と顔を一致させることでした。
話を聞いてみてわかったのは、大学へいく経済的余裕がなかったために入隊した乗組員の多いことです。
自分のように幹部候補生として昇進する立場ではありませんが、みな善良で、正直で、勤勉な若者であることを知ったとき、アブラショフ氏は乗組員たちを尊敬するようになりました。


  彼らは尊敬と称賛を受けるに値する者たちなのだ。


部下のプラスになることをいつも心がける著者は、部下からも尊敬を集めるようになり、艦の雰囲気は協力的なものに変わっていきました。
エサのような食事の改善、軍艦の甲板で映画を上映、異例の大抜擢、部下を褒める手紙の両親への送付、等々。
とうとう、飲酒が禁じられている軍艦の冷蔵庫で、ビールを冷やすことを命じた艦長です。(もちろん、艦上でビールを飲んだりはしません。どうやって使ったのかは、読んでのお楽しみ)


部下への深い思いやりを持つ上司の下ではたらくと、こんなに組織全体が生き生きと動きだし、一体感のある職場になるのか、と驚かされます。
旧態依然とした組織風土のなかで、著者が打ち出す方針は常識をくつがえすものばかりでした。


その施策の第一の目的は、部下をよろこばせること、部下の身になって、何がいちばん大事かを考えてみることです。心を動かされるほど感謝した部下は、こんどは著者に喜んでもらえるために何をすればよいかを真剣に考えるようになり、組織は活性化していきました。


信頼しあう上司と部下。
最優秀の成果をあげるエピソードの数々。


ビジネス書なのに、まるで、学園ドラマを見ているような感動を覚えます。


部下を持つ人にお勧めなのはもちろんですが、学園ドラマの主人公が先生だけではないように、本書を読んでもらいたい人は、部下を持つ上司だけではありません。


単に生活費を稼ぐだけの職場から、通うのが楽しくなる職場に変えるにはどうすればいいのか。


部下の立場で読んでも、多くの気づきを与えてくれる一冊です。