副題:人生が急にオモシロくなる心理術
著者:植木 理恵 出版社:マガジンハウス 2008年8月刊 \1,365(税込) 189P
日本ではあまり知られていませんが、アメリカで「シロクマ実験」と呼ぶ研究がさかんに行われています。
シロクマの一日を記録した約50分のビデオを見てもらったあと、実験に参加した人を3グループに分け、次のように指示します。
- 1グループめの人には「シロクマのことを覚えておけ」
- 2グループめの人には「シロクマのことは考えても考えなくてもいい」
- 3グループめの人には「シロクマのことだけは考えるな」
1年後、ビデオを内容をどれだけ詳しく覚えていたかを調べると、最も成績がよかったのは、3グループめの人でした。
つまり、シロクマのことを考えてはいけない、と禁止された人のほうが、考えないようにしよう、忘れようとして、かえって何度も思いかえしてしまう。あげくに、内容を一番詳しく覚えてしまった、という皮肉な結果です。
人間の心理には、このシロクマ実験のようなパラドックスがたくさんあります。
本書は、このような困った現象の分析と対応策を教えてくれる心理術の本です。
著者は、東大で教育心理科の大学院を修了したあと、心理学の実証的研究を行っている植木さん。学術論文クラスの理論をおりまぜながら、身近なことに焦点をあてた一般向け書籍なので、「心理学」ではなく「心理術」と副題をつけました。
専門家がしろうと向けに書いた本というのは、読みにくいものが多いように感じます。
一般向けに書いているはずなのに、ついつい専門用語を使いすぎてむつかしい内容が残っていたり、専門家としての著者の優越感がにじみ出ていたりします。
しかし、本書は、手にとったときから良い印象を受けました。
まず、手にとってパラパラめくると、1ページあたりの文字数が多くなく、ところどころ図も入れてあるのに200ページもありません。一般向けにやさしく書いているのが分かります。
もうひとつ、著者の顔写真が裏表紙のカバー見返しに小さく載っているだけ、というのも感心しました。
著者が女性の場合、帯に大きく顔写真を載せることが多いなかで、この本は違う。内容で勝負しているかもしれない、と期待するに十分です。
そして、実際に読んでみたところ、内容は期待以上でした。
むつかしい内容を分かりやすく書くことに成功しているのはもちろん、書かれている心理術が今まで持っていた常識と正反対のものがいくつも登場するのです。
たとえば、「3人寄れば文殊の知恵は湧かない」。
「3人寄れば文殊の知恵」ということわざもあるように、違う経験や立場を持つ人が集まれば、1人で考えるよりも良い知恵が湧くように思います。
ところが植木さんは、心理学実験の結果から
「人は集団になると無意識に手抜きする」
との傾向を指摘します。
実際の会議でも、「たくさん出席者がいるのにいいアイデアが浮かばない」と感じることがありますが、これは、「たくさん出席者がいるのに」ではなく、「たくさん出席者がいるからこそ名案が浮かばない」ものなのです。
へぇー、そうだったんだぁ。
もうひとつ「へぇー」を紹介します。
「幸せになりすぎるとかえってツライ!」
アメリカの研究によると、「結婚」、「昇進」、「大金獲得」といった本来なら幸せにつながるできごとのストレス度を調べると、離婚やリストラ、借金といったいかにもストレスの高そうなものといっしょにストレスベストテン入りを果たしています。
植木さんの分析では、幸福感が強ければ強いほど、恐怖心も同時に感じる。それが人間の心理というもののようです。
幸せになったことで、「この幸せがいつまで続くんだろう」とかえって不安になってしまうなんて皮肉なことです。
じゃ、どうしたらいいのか。
植木さんの答えは、常識的な回答とちがって意表をついています。
本文さいごの文章を引用しておきましょう。
「バカバカしいとお思いですか? 実践してみる価値、十分にありですよ」
「へぇー」と「意外!」のかたまりのような本でした。