オタクはすでに死んでいる


著者:岡田 斗司夫  出版社:新潮新書  2008年4月刊  \714(税込)  190P


オタクはすでに死んでいる (新潮新書)    購入する際は、こちらから


いつもは、著者の意図と私の感想が共鳴した本を紹介するようにしている「読書ノート」ですが、今日は著者の意図と異なる視点で楽しんでしまった本を取り上げます。
岡田さんのファンの方にはご不快な感想となるかもしれません。ファンの方がおられましたら、今回は読み飛ばし下さいますようお願い致します。



さて、と。


トンデモ本」という言葉をご存じでしょうか。
科学的に疑問のあることがらを大まじめに主張する本を揶揄したもので、もともとは、著者の意図と異なる楽しみ方ができる本、という意味だったようです。


私が一般常識と思っていることと、本書の内容は大きく異なっていました。
まぎれもなく、本書は“私から見た”トンデモ本です。たぶん、みなさんにとっても。


まず、岡田氏のご意見をお聞きしましょう。


岡田氏はオタキングと呼ばれ、世間やマスコミからオタクの代表のように思われています。その岡田氏が本書で主張しているのは、ここ数年オクタが変質し、とうとう「オタク文化」は死んでしまった、ということです。


オタクといえば、何を思い浮かべるでしょうか。
多くの人は、「メイド喫茶」「秋葉原」「萌え〜」などを連想するでしょう。
しかし、ひと昔前のオタクは、けっして「萌え」一色ではありませんでした。


アニメオタクもいればミリタリーオタク(軍事オタク)もいるし、ゲームオタクもフィギュアオタクもいる。それぞれ好きな分野にムチャクチャ詳しすぎるので、仲間が少ない。せめて仲間が少ないどうし、オタクどうしでお互いに認め合おう、という連帯感がありました。


それが、最近の萌えオタクは他のジャンルのオタクに何の興味も示しません。
「俺たちには、マイナーなものが大好きという共通点がある」と認めあっていたかつてのオタクと違い、「俺たちとあいつらは違う」と差異にばかり目を向けるようになりました。


こうして、オタク文化は死にました。



ひと昔まえ、SFが大好きな人たちが共有していた「SF文化」がありました。
「自分の得意分野とちがうSFでも、一応読んで押さえとかなきゃ」「自分の好みとはちがっても、SFアニメがはじまったら、第1話くらいはチェックしておこう」そう考える人たちの文化です。


スターウォーズの大ヒットをきっかけに大量のSFファンが増えたとき、この文化は「すごい勢いで音を立てて崩れて」しまいました。興味のもてないものは見ない、読まない人が増えたからです。



ここまでは、オタク文化の範囲での考察です。


岡田氏は、もっと歴史と文化をさかのぼりました。


昔むかし、結婚が家と家との結びつきだったころ、本人たちだけで勝手に結婚する若者が登場しました。やがて当事者双方の合意のみで結婚が成立するようになったとき、地縁・血縁で成り立っていた社会は崩壊してしまいます。


岡田氏は、最近のオタクにも共通する、この「自分の気持ち至上主義」の危険性を、次のように警告しています。

  SF界と同じ滅びの歴史を、オタクは辿りました。だとすれば、
  「自分の気持ち至上主義」の蔓延は、オタク以外の集団、
  ひいては日本全体の崩壊にもつながっていくのかもしれません。


ここで、少しだけ突っ込みを入れさせてください。


岡田さん。因果関係が逆じゃありません?
社会全体が、周囲のしがらみよりも自分の気持ちを優先させる風潮があったからこそ、自分の好みをとことん追求するオタク文化が生まれたのではありませんか?


岡田氏がこんなにエラソーに社会全体を見おろして語るのは理由があります。
それは――オタクは貴族だ、と信じているからです。


貴族だから一般庶民と感覚が違って当然。
いいとか悪いとか、劣っているとか優れているとかいう問題じゃない。


貴族とはそういうもの、とうそぶく岡田氏は、「オタクにはノーブレス・オブリージ(高貴なる義務)がある」とまで言い切りました。


だから千冊以上もSFを読まなくてはいけない。
多少つまんないやと思っても、第一話ぐらいチェックしなきゃいけない。


極めつきのひと言は、これ。

  オタクをやるというのは、「自分の趣味」ではなくて、
  人格形成とか人間修行の場だと思っています。


ノーブレス・オブリージというのは、貴族特有の義務のことで、社会的に恵まれた者には権力と同時に義務がある、という考え方です。端的に言うと、貴族は戦争になったら誰よりも早く命を投げ出せ、ということです。


「戦場で兵隊より先に死ぬ」というこの歴史と伝統ある言葉を、「SFを千冊以上読むこと」に当てはめ、何の疑問も持たない岡田氏でした。


こりゃ、笑うしかないでしょう。