PLUTO 1〜4


著者:浦沢直樹×手塚治虫  出版社:小学館  各巻\550(税込)
   第1巻  2004年11月刊  189P
   第2巻  2005年 6月刊  196P
   第3巻  2006年 5月刊  192P
   第4巻  2007年 2月刊  189P


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6月4日号の読書ノートで『謎の会社、世界を変える。』を紹介したとき、この謎の会社エニグモの新サービス「シェアモ」を知りました。
お互いにいらなくなったものを融通しあうという考え方が新鮮です。さっそく会員登録してシェアを申し込んだのが、この『PLUTO』の1巻から4巻です。


ところが、申し込んでから1週間以上経っても本が届きません。
このサービスは、前に使っている人が勝手に自分のものにしてしまったら成り立ちません。スタートしたばかりの「シェアモ」の将来を心配しはじめたころ、やっと届きました。


届いたら届いたで考え込んでしまったのは、「シェアモ」のサービスが普及して本を送料負担だけで読む人が増えたら、出版社は売上が増えず、著者には印税が入らなくなる、という心配事です。
図書館やブックオフも同じ構図をかかえていますが、本を読む人が本を作った人になんらかの購読料を支払う仕組みを早く整えてもらいたいものです。私も“著者”のはしくれなのですから(笑)。


そんなわけで、浦沢直紀さんと小学館に少しゴメンナサイをしながら読ませてもらった『PLUTO』。


心に染みる名作でした。
いや、今回読んだ4巻のあとに第5巻が発売されていますし、現在も連載継続中ですので、「名作でした」ではなく、「名作です」と言いなおしておきましょう。


2005年度の第9回手塚治虫文化賞マンガ大賞受賞というお墨付きに間違いはありませんでした。


舞台はロボットが人間と区別がつかないくらい高性能になった未来社会です。
独裁者ダリウス14世の治めるペルシア王国で大量破壊ロボットを開発しているという疑惑が起こります。
「大量破壊ロボット製造禁止条約」違反の有無を調査するため、国連は日本のお茶の水博士などのロボット研究者で構成したボラー調査団を結成し、ペルシア王国に派遣しました。


大量破壊ロボットは発見されませんでしたが、モスクの地下に大量のロボットの残骸があったことを理由に、国連は平和維持軍の派遣を決定し、第39次中央アジア紛争が勃発します。
平和維持軍にはアトムなど世界最高水準ロボット7人も参加し、敵のロボットを破壊したり、テロリストの殲滅にあたったりしました。


戦後しばらくして、ボラー調査団に参加した科学者と、平和維持軍に参加した世界最高水準ロボットが猟奇的な犯人に殺される事件が連続して発生しました。
被害者の頭には、木の枝や金属が「角」のような形で突き立てられています。それは、ローマ神話における冥界を司る神プルートが角を持っていたことを連想させる犯人からのシグナルでした。


物語は、この不可解な連続殺人事件を追うユーロポール(ヨーロッパ警察)捜査ロボットのゲジヒトを中心に展開していきます。ゲジヒトは世界最高水準ロボット7人の一人で、第39次中央アジア紛争も経験しました。
紛争中に大量の殺戮を目にしたゲジヒトたち7人は、国と国が争うことの無意味さ、人と人が争うことの悲しさ、ロボットが人に差別されることの切なさを感じ、人工知能でも答えのでない大きな疑問を抱えて生きています。


温厚な性格で誰からも愛される山岳ガイドロボットだったモンブランが殺され、もう戦場に行きたくないと平和な執事生活を送ろうとしていたノース2号も破壊されました。


正体不明の犯人の次の照準は日本に向けられました。
お茶の水博士やアトムの命はどうなる……。




以上、ネタバレしない程度にストーリーを紹介しました。


お茶の水博士やアトムが登場することでもうおわかりと思いますが、『PLUTO』は、手塚治虫の「鉄腕アトム」を下敷きにした作品です。
鉄腕アトム」の「地上最大のロボット」は、1960年生まれの浦沢直樹氏にとって、最初に読んで感動したマンガであり、創作の原点ともいえる重要な作品です。


漫画家として地歩を築いた浦沢氏は、「地上最大のロボット」を原作にして別の作品を描くことを決意し、2002年冬に手塚プロに申し入れました。
申し出の内容が手塚治虫の遺族に伝えられましたが、手塚治虫の長男である手塚眞氏から、一度はやんわりと断られたそうです。しかし浦沢氏はあきらめず、簡単な下書きを元に話を聞いてもらうよう再度の申し入れを行いました。


しばらくして会ってくれた手塚眞氏が出した条件は、意外にも、浦沢氏自身の絵柄で描くことでした。劇画畑の浦沢氏が一目でアトムと分かる絵を描くのではなく、浦沢氏らしいキャラクターで描いてほしい、ガチンコ対決して欲しい、というのです。


こうしてスタートした『PLUTO』は次のような標題になりました。


  鉄腕アトム「地上最大のロボット」より
  PLUTO(プルートウ
  長崎尚志プロデュース 監修/手塚 眞
     協力/手塚プロダクション


     浦沢直樹×手塚治虫


浦沢氏とほぼ同年代の私は、小学生のとき「地上最大のロボット」を読んだ記憶をたどりながら本書を読む楽しみと、本書自体の全く新しい物語を読む楽しみの両方が味わえました。
お茶の水博士や田鷲警部、天馬博士などの登場人物に手塚治虫原作の造形の名残が残っていることを見つけては、「原作を知らない人は気づかないだろうな」と小さな優越感にひたり、アトムやアトムの妹ウランちゃんが全く原作と違う顔であることを発見すると、こんどは原作と違う物語を楽しめることに感謝しながらページをめくります。


手塚治虫の原作には、ロボットの運命が製作した人間の手に握られている理不尽さに対する憤りがにじみ出ていました。浦沢氏の『PLUTO』には、それに加えて、ロボットの人工知能の悲しさ――つらい記憶でも忘れることができないことや、人間の脳のように情緒的になりきれないこと――が描かれています。


第2巻の解説で、「まず第一戦は浦沢さんの勝ちとしたい」と判定した手塚眞氏ですが、はたして第3巻、第4巻の判定はどちらでしょうか。


私は、ともかくも第5巻を(こんどは書店で買って)読むことにします。