スティーブ・ジョブズ神の交渉術


副題:独裁者、裏切り者、傍若無人…と言われ、なぜ全米最強CEOになれたのか
著者:竹内 一正  出版社:経済界  2007年2月刊  \1,600(税込)  230P


スティーブ・ジョブズ 神の交渉術―独裁者、裏切り者、傍若無人…と言われ、なぜ全米最強CEOになれたのか    購入する際は、こちらから


スティーブ・ジョブズはipodを販売しているアップル社のCEOです。
世界のポータブルオーディオ市場の半分以上のシェアによって日本でもよく知られるようになったアップル社ですが、つい7年前までは、知る人ぞ知る(でも、ふつうの人は知らない)コンピュータメーカでした。
ビル・ゲイツ率いるマイクロソフト社パソコンに圧倒的な差をつけられていたのです。


しかし、ジョブズの「世の中にない、ものすごいもの」を生み出す情熱がipodの成功を導き、世界中の大企業経営者が選ぶ「尊敬する経営者」の第2位に選ばれました。(2005年)


本書は、アップル社の創業者であり、ipodをヒットさせたジョブズの交渉力に着目し、人並みはずれた逸話を披露するとともにジョブズの神のような交渉術の秘密を教えてくれる一書です。


スティーブ・ジョブズの経歴は、まるでジェットコースターのように上がったり下がったりしています。


高校時代に天才的ハードウェア設計者のスティーブ・ウォズニアックと出会い、意気投合しました。あるとき、電話会社の技術的不備をついて長距離電話を無料でかけられる機械を作ります。
ウォズニアックは機械を作っただけで満足でしたが、ジョブズ学生寮で販売するという商魂を見せました。さすがにヤバくなって販売はやめてしまいましたが、このエピソードは2人の性向を示すものです。


21歳のときと2人ではじめたアップル社を、25歳で株式公開し、ジョブズは莫大な財産を手にします。
しかし、社内で暴君ぶりを発揮しすぎて、30歳で自分が創業した会社から追放されてしまいました。


その後に創業したネクスト社は、技術的にすぐれたコンピュータを作りましたが、営業的には赤字つづき。儲かると思って買収したCG製作のピクサー社も収益を上げず、毎年数億円から数十億円の個人資産を注ぎ込んで維持していました。


起死回生のヒットが出たのは1955年。「トイ・ストーリー」の大ヒットと同時にピクサー社の株式を上場し、ジョブズはふたたび巨額の資産を手にします。
もうひとつの赤字企業だったネクスト社もアップル社に買収させることに成功し、ジョブズは特任顧問としてアップル社に復帰しました。


復帰後は着々と自分の地位を固め、復帰翌年の1997年に暫定CEO、2000年には正式CEOとなり復権を果たします。
2001年のipod、2003年の『ファイティング・ニモ』と大ヒットを連発し、いまや全米最強CEOと評価されるようになりました。



本書で紹介しているジョブズの交渉術は、自己中心的で、相手の都合など一切考慮しないやり方です。


たとえば、CG(コンピュータ・グラフィックス)でアニメを作るピクサー社をジョージ・ルーカスから買収したときのこと。離婚の慰謝料支払いのためルーカスがお金を必要としていることを知ったジョブズは、喉から手が出るほど欲しい会社でしたが、すぐに「ほしい」とは言いません。
他の交渉先が降りてしまって、ルーカスが契約を急いでいる弱点を責め、提示された3千万ドルを1千万ドルまで値切ることに成功しました。


キャラクタービジネスや映画ビジネスの帝国ともいえるディズニー社に、契約内容の変更を認めさせたこともあります。
そもそもディズニー社は映画「トイ・ストーリー」を全面的に支援し、ヒットさせてくれた恩人です。そのディズニーに対し、ジョブズは、それまでのディズニーに有利な契約
を変更し、対等な立場で契約することを要求しました。
今後はDVDのパッケージ等のすべての製品にディズニーと同じ大きさのピクサー社のロゴを入れること、ピクサー社の映画の収益は両者で折半するなど。
映画界に君臨するディズニーにこんな要求を突きつけた会社はありませんでした。


アップルに復帰したあとも、まずCEOのギル・アメリオを追い落とすため、取締役たちを味方につけ、クーデターを起こします。もちろん、自分がCEOに就任したあと、クーデターに参加した取締役の多くを辞任させていきました。


「恩知らず」なんて言葉は、ジョブズの辞書にありません。


また、社内での暴君ぶりも有名で、エレベータにたまたま乗り合わせたおかげで、自分のプロジェクトの中止を言い渡されたり、クビを宣告されたりする社員もいたそうです。


その苛烈さは、次のように見出しを並べただけで想像できます。

  • 「正義」は最悪の武器である!
  • 状況が変われば味方も変えよ
  • 力の行使は半端でやめてはならない
  • 弱点を責めるときはためらうな
  • フェアも負ければ無価値になる
  • 棍棒を突きつければ敵も協力者になりたがる
  • 気難しさは武器になる
  • 隠し続ければ世間は忘れる
  • 相手を「身ぐるみはぎ取る」方法
  • 弱くて負けるのでなく、怖がって負けるのだ


凡人であれば、自分で作った会社から追放されたときに、少しは仕事のしかたを変え、相手を尊重する交渉スタイルに変えそうなものです。しかし、ジョブズは強気の生き方、強気の交渉術を変えることはありませんでした。


それが現段階でうまくいっているとはいえ、もし本書が情念にうったえるウェットなルポルタージュであれば――筆者がたとえば沢木耕太郎だったら――ジョブズの心の闇に触れずに済ますことはできないでしょう。


「あなたは、何のためにそんなに情け容赦のない経営をしているのか?」
「孤独で安らぎのない人生を過ごすことが幸せなのか?」


しかし、著者の竹内氏はアップルではたらいていた時にジョブズと会ったことはありますし、多くの伝聞も耳にしましたが、彼の生き方の根っこについてインタビューしたわけではありません。
いや、竹内氏にかぎらず、檻の中で空腹のライオンに向かい合うようなそんな大胆な質問をした人は、おそらく一人もいないことでしょう。


世界を動かす成功者のなかには、凡人には理解できない人がいる。
それが分かっただけでも充分です。


本書には書かれていませんが、ipodの大ヒットのあと、ジョブズは魅力的な携帯電話iphoneを武器に、またしても常識外れな交渉に成功しています。
携帯電話のキャリアとして絶大な力を持っているAT&Tとの提携条件にネットワーク使い放題プランを低価格で提供すること、しかも、通信料金の一部をアップル社に還元することを求めました。


いままでの携帯電話メーカがキャリア会社の料金体系に口出ししたことはありませんし、まして通信料金の分け前を要求するなんて前代未聞です。
しかし、ジョブズの強気の交渉術が成功し、実際にAT&Tはこの条件を飲んでアメリカでの独占販売権を手にしました。


日本でも、NTTドコモとソフトバンクモバイルがアップル社と交渉して
いましたが、今週、ソフトバンクモバイル
  「今年中に日本国内において「iPhone」を発売することにつきまして、
   アップル社と契約を締結したことを発表いたします」
と広報発表しました。(ソフトバンクモバイル社発表より


孫正義はいったい、どんなムチャな契約を飲まされたのでしょうか。



ともかく、今年中に日本でもiponeが使えるようになります。


携帯電話をほとんど使わない私ですが、買おうか買うまいか。
どうしようかな〜。