曖昧力


副題:日本人が育んできた“生きる知恵”
著者:多湖 輝  出版社:学研  2008年2月刊  \1,470(税込)  207P


曖昧力―日本人が育んできた“生きる知恵”    購入する際は、こちらから


「○○力」というタイトルは、いったい何匹目のどじょうを狙ったのだろうか。


齋藤孝センセが「質問力」、「学び力」、「コメント力」などヒットを連発し、他の作家・出版社もあとに続いている気がする。僕のブログでも、和田秀樹『休暇力』、金沢創著『妄想力』パオロ・マッツァリーノ『つっこみ力』、天野周一著『亭主力』などを取り上げてきた。


もう一冊、忘れてならないのが渡辺淳一著『鈍感力』トーハンの2007年度総合3位にランキングされた堂々のベストセラーである。さぞかし集英社さんもウハウハだったことだろう。


表紙を見比べてほしい。


鈍感力


こりゃ、どう見てもパクリでしょ。『鈍感力』のベストセラーにあやかりたいという学研さんの編集部の意図がミエミエなのだ。




僕の「つっこみ力」はこれくらいにして、『曖昧力』の紹介に入ろう。
ご存じのとおり、著者の多湖輝氏は「頭の体操」シリーズで一世を風靡したベストセラー作家だが、若き日の多湖氏は「曖昧力」とは縁もゆかりもない“きっちり人間”だったようだ。

むかしむかし、公衆電話が普及しはじめた頃、多湖氏は上野駅の公衆電話の数が東京駅よりずっと少ないことに気づいてしまった。東北や新潟の玄関口である上野駅にこそ電話機を増やすべきだ! そう義憤に燃えた多湖青年は、頼まれもしないのに駅長への直談判を開始した。


「いいですか! いくつあると思います?
 あそことこことここしかありませんよ!」


度重なる訴えが功を奏したのか、しばらくすると東京駅なみに電話機の数が増えたとのこと。


そんな正義感に満ちあふれていた若き日をなつかしく回想したあと、多湖氏は「若気の至り」、「要望を伝える方法はいくらでもあった」、「何もけんか腰でやる必要はない」とかつての自分の行動を反省している。
熱血漢だった多湖氏も年を取ったおかげで、「曖昧力」を駆使してものごとを考えるようになったのだ。


だからといって、曖昧力を「年寄りの繰り言」と軽々に切って捨ててはいけない。
多湖氏が曖昧力に気づいたのは最近のことではあるが、この考え方には、いい加減なようで融通無碍、あやふやなようで柔軟でしたたか、優柔不断に見えて実は悠々の自然体という二面性を持っている。
成り行き任せに見えたのは、じつはより高度の戦略性の現れなのだ! ……と著者は言っている。


まあ、半分パロディ的な物言いになることを承知で著者が「曖昧力」「曖昧力」と力説しているのも本書の愛嬌のひとつ。
出版社と著者の意図がミエミエでも楽しめる一書だった。


最後にきて感動した箇所をふたつ紹介する。


その1。
昭和20年、終戦の報を受けた著者の頭に真っ先に浮かんだのは、兄のことだった。
近衛兵だった兄は、敗戦となれば割腹するに違いない。そう考えた著者は、すぐ兄に面会し「とにかく生きようじゃないか」と説得する。
「いい加減なようだけど、少なくともこれしかないなんて思わないでおこう!」という説得の言葉に耳を傾けたのか、なんとか兄は自決を思いとどまってくれる。
この衝撃的な経験から、多湖氏は次のように結論する。

人生の大きな分岐点や、判断に迷う難問に直面したら、性急にこれしかないと決め付けをしないで、あらゆる可能性を考えるべきである。


その2。
エピローグの末尾に書かれている、本書の最後の最後の言葉。

百獣の王などにならなくとも、カメレオンにはカメレオンなりの生き方があると信じ、長かった我が生涯を思う昨今である。


気軽に楽しめ、ちょっと感動する。
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