おもてなしの経営学


副題:アップルがソニーを超えた理由
著者:中島 聡  出版社:アスキー新書  2008年3月刊  \790(税込)  271P


おもてなしの経営学 アップルがソニーを超えた理由 (アスキー新書)    購入する際は、こちらから


題名に「おもてなし」とありますが、本書にはリッツ・カールトンホテルもディズニーランドも登場しません。「経営学」と銘打たれていますが、著者の中島さんはいわゆる経営者ではなくソフトウェア技術者です。


中島さんは今もプログラムをコーディングする現役のプログラマー
それも並のプログラマーではなく、学生時代から天才プログラマーとして活躍し、その後マイクロソフト社でWindows95Windows98、Internet Explorer3.0の開発に携わった経歴を持ちます。


その中島さんが、自身のブログ「Life is beautiful」と月刊アスキーの連載原稿を元に再構成したのが本書です。


IT産業に身を置く一人として恥ずかしいことですが、本書の内容は、私にとって未知のことばかりでした。


まず、マイクロソフトの重要なソフトウェア開発を担う日本人がいたことを知りませんでした。マイクロソフトに勤めていた日本人といえば、西和彦さん、成毛眞さん、古川亨さんくらいしか聞いたことがありません。


中島さんが本書で教えてくれるマイクロソフトでのソフトウェア開発の主導権争いの生々しいエピソードも初耳です。


もっとびっくりしたのが、西村ひろゆき氏との対談でグーグルの弱点を指摘していること。西村氏の「僕はグーグルにしかない価値が何なのかわからない」という評価に対し、中島さんも
  「グーグルは検索で、1本ホームランを、打っただけの会社だからね」
と返していました。


なんなんだ、この中島という人は!
私は中島さんを全く知りませんでしたので、斬新な発言に驚くばかりです。


本書で知ったのは、中島さんが「こだわりの」プログラマであることです。
若い頃は鼻っ柱が強く、年上の古川亨さんに
 「最後はあなたを使う身分になるけど、1回だけ、
  あなたの下で働いてもいいです」
と生意気な発言をしたこともありました。


自他共に認めるソフト作りの才能を、中島さんはユーザーインタフェースを使いやすくすることに注ぎこみます。


経営を考えて技術的な決断をし、リーダーシップ示すこと。ビル・ゲイツならどう考えるかを想像しながら技術の舵取りをし続けたことを評して、対談者の一人である梅田望夫さんは、「中島さんはゲイツ・クローンだった唯一の日本人というわけですね」と言っています。


そんな中島さんが、ビル・ゲイツとの路線の違いからマイクロソフトを退社し、自分の会社を興して新しい挑戦をはじめました。おまけに、忙しい時間の合間にMBAを取るための勉強を開始しています。


そこまで頑張る理由を梅田さんに尋ねられ、中島さんは次のように答えました。
  もしかしたらエンジニアは30歳までという「30歳引退説」かも
  しれません。あの言葉が人生のライバルになっているような気
  がしますね。


ウェブ2.0ブームとひと味違うIT現場からの発言は、新鮮です。
今までにないインターネットの将来像の見方を教えてくれるかもしれません。


本書のメインテーマではありませんが、中島さんのエピソードを読んでよみがえった記憶がありました。それは、若手社員が経験するベテラン社員への落胆です。


大学を出たばかりの中島さんは、最初の就職先のNTTの研究所に幻滅してしまいました。すごくいいアイデアだと思って論文を書いたものの、上司は「新人で特許を出すなんてまだ早い」と資料を読もうともしません。
さすが元電電公社。序列を重んじる、お役所体質だったのですね。


私も同じような嫌な思いをしました。入社して何年かした頃のことです。


きっかけは、転勤して別の職場に赴任したことです。私の新しい職場は、それまでと職場風土が全く違っていました。
それまでは、課長でも部長でも、仕事の必要があれば直接話をする機会がありましたが、新しい職場は役職を尊重しなければならず、課長とざっくばらんな話をするなどもってのほかです。
まず、私の上長である係長に意見を伝え、係長から副課長に言い、副課長から課長に伝わったところで初めて課長からお声がかかります。まして、部長と話をする機会は、年に2回くらいしかありませんでした。


中島さんと同じように、私の書いた社内論文にいつまでたっても上長印を押してもらえないことがありました。思い切って催促したところ、「内容が専門的すぎて正しいのか間違っているのか分からないので、自分の判は押せない」とのこと。
「もうちょっと待ってくれ」と言われたまま、とうとう私の渾身の社内論文は返ってきませんでした。


イノベーションが小さな会社から起きる理由のひとつが、ここにあるのかもしれません。


已んぬる哉。