グリム童話


副題:メルヘンの深層
著者:鈴木 晶  出版社:講談社現代新書  1991年1月刊  \693(税込)  214P


グリム童話―メルヘンの深層 (講談社現代新書)    購入する際は、こちらから


前々回とりあげた『奪われた記憶』は333ページもあるぶ厚い本なのに思ったよりスラスラと読むことができました。内容が興味ぶかかったことも理由のひとつですが、もうひとつの理由は翻訳が読みやすかったからです。
翻訳者の鈴木晶さんのプロフィールを見たところ、精神分析の文化史を専攻しておられ、キューブラー・ロス『死ぬ瞬間』や、フロイトユングに関する本も多数翻訳しています。


この訳者の別の本を読んでみよう、と著作一覧を見ていて見つけたのが本書です。ただし、今回は翻訳書ではなく、自分で研究した内容をまとめたものです。


グリム童話を分析・解説する本は多く、私もおととし12月9日号で高橋義人著『グリム童話の世界』を取りあげています。


高橋氏の本で知ったのは、グリム兄弟が収集したお話を7回改作して出版しているということ、その改作は「そのままの形で伝えるため“最低限”の脚色しかしていない」と本人たちが言っていることでした。
今回手にした鈴木氏の『グリム童話』では、そんな兄弟の言い訳が真っ赤なウソであることを白日の下にさらす、衝撃的な説を述べています。鈴木氏の説はあまりに刺激的で、すぐには信じられません。順番に鈴木氏の説明を聞いていきましょう。



第1章では、私たちが知っているグリム童話は、グリム兄弟が出版した200編のごく一部であることを示し、知られていないグリム童話には、「これ、メルヘンなの?」というナンセンスなものも多い、という紹介からはじまります。
鈴木氏は、何のストーリー展開もなく、登場人物が次から次へと死んでしまう物語を例としてとりあげます。意味もなく残虐なシーンが出てくるといえば、白雪姫が毒リンゴで殺される前に、櫛と縄を使って殺されそうになったもそうです。ディズニー映画の印象が強い現代人はよく知りませんが、白雪姫は3度も殺されそうになりました。
本書全体が「知られざる事実」のかたまりですが、第1章はその導入部といえるでしょう。


第2章では、いままでのメルヘン研究を概観し、さまざまな解釈を紹介します。ちょっと笑ってしまったのは、昔話を類型ごとに分類する研究で、昔話を動物説話、笑い話・逸話など5つの「類」に分け、さらに「類」をいくつかの「種」に分け、その「種」をさらに「亜種」に分類したアールネという学者がいて、いまでも世界的によく知られているそうです。
学問というのは、何でも分類したがるものなのですね。
うんうん、そういう傾向がアールネ。(なんちゃって(笑))


続いて紹介されたフロイト派とユング派の童話解釈も、「おいおい、そりゃこじつけ過ぎだろ!」とツッコミを入れたくなるような内容でした。


鈴木氏は、フロイト派のエーリッヒ・フロムが「“あかずきん”の赤は月経の色」と解釈していることを示したあと、じつは「あかずきん」物語の主人公は赤いずきんなどかぶっておらず、フランスの童話作家ペローが赤いずきんを付け加えた、という事実を明かしています。


何でもかんでも深読みする精神分析をバッサリと切り捨てたのです。
やるなあ。鈴木さん。


そして、いよいよグリム兄弟のウソをあばく第3章。
グリム兄弟は、庶民の代表のような農家のおばあさんから話を聞いたことになってまいます。また、聞いた話の内容を変えていないことになってます。


ところが、グリム童話が出版された直後から、「グリム兄弟は農村を訪ねてまわったりしなかった」との批判が出ていました。
後の研究で明らかになったグリム兄弟の取材先は、中産階級で(農家ではない)、若い女性で(老婦ではない)、教養ある女性で(本で読んだ内容を含むかもしれない)、フランス系ドイツ人でした。


これでは、ドイツ庶民が口承で伝えた話を集めたことになりません。


もうひとつ、「話の内容を変えていない」がウソであることは、草稿から第7版までの内容を比べれば、おのずから明らかになることです。


何より、話の長さが、ほぼ倍になっています。鈴木氏が例としてあげた「カエルの王様」は、草稿で3行だったのに、初版で6行に増え、第2版で7行になり、決定版では11行に達しました。


さて、グリムのウソをあばいた鈴木氏は、グリムを糾弾するかわりに、グリム童話をもっと楽しむことを提案しています。


「古代から伝えられた物語」ではなく、「19世紀ドイツの価値観で書き換えられた物語」という目で見てみると、この物語に込められた“陰謀”が見えてくる。それを楽しみましょう、というのです。


別な角度から見ることによって、子どものころ読んだグリム童話の持つ意味が違って見えてくるのは楽しい。