「最後の一葉」はこうして生まれた


副題:O・ヘンリーの知られざる生涯
著者:齊藤 昇  出版社:角川学芸出版  2005年5月刊  \1,575(税込)  198P


「最後の一葉」はこうして生まれた―O.ヘンリーの知られざる生涯 (角川学芸ブックス)    購入する際は、こちらから


ことし一冊目の本書は、じつは昨年クリスマスに読みました。
2週間ほど気持ちを後戻りさせておつきあいください。


さて、すっかり日本の年中行事に定着したクリスマスには、定番となった音楽が
たくさんあります。


  山下達郎「クリスマス・イブ」
  松任谷由実恋人がサンタクロース
  マライア・キャリー恋人たちのクリスマス
  桑田佳祐白い恋人達
  ワム「ラストクリスマス
     ・
     ・


(いきなり余談ですが、ボキャ天で「おぬしもワムよのう」という名作がありましたね)


本の世界で「クリスマス」といえば、どんな本を思い出すでしょうか。


以前のこのブログでもディケンズの『クリスマス・キャロル』を取り上げましたが、O・ヘンリーの短編『賢者の贈り物』も定番と言えるでしょう。


あまりにも有名ですが、念のため『賢者の贈り物』のあらすじを述べておきます。

 クリスマスが近づいているというのに、若い夫婦にはお金の余裕がない。


 妻のデラは自慢の髪を切って売り、夫に懐中時計の鎖をプレゼントしよう
 とする。
 夫のジムは妻の美しい髪をかざる高価な櫛を買うため、祖父と父から受け
 継いで大切にしている金時計を質に入れてしまう。


 ふたりは、最もたいせつなものを手放して、相手が使えないものを贈るこ
 になった。
 ふたりは愚か者だったのだろうか。


 いやいや、この二人こそが、最高の「賢者」だったのだ。


O・ヘンリーには、このように最後のひとひねりが効いた短編が多い作家です。


O・ヘンリーは『賢者の贈り物』のなかで
  「人生は、むせび泣きと、すすり泣きと、微笑みである」
と言っていますが、この三拍子そろった読後感を残す作品は、いったいどのようにして生まれたのか。
あまり知られていないO・ヘンリーの生涯とはどのようなものだったのか。それを教えてくれるのが本書です。


O・ヘンリーは、南北戦争たけなわの1862年にノース・カロライナ州(南部)に生まれました。
3歳の時、ようやく南北戦争が終わりましたが、おなじ年に母を亡くします。叔母の教える私塾で学び、叔父の店で少し働いたあと故郷をはなれ、カウボーイや経理の仕事を覚え、平穏な20代を送りました。1回目の結婚も経験しています。


驚いたのは、勤めていた銀行から横領の容疑で告訴され、裁判所に向かわずに逃亡してしまった経歴を持つことです。結局逮捕されて3年以上も刑務所ぐらしをすることになり、病弱だった最初の妻が服役中に亡くなってしまいました。
心に大きな負い目を追ったO・ヘンリーは、自身の前科を実の娘にも隠しす。


出所した翌年ニューヨークに移り、本格的な作家活動を開始し再婚もしましたが、やがて酒に溺れて健康を害します。
再婚を機に呼び寄せた娘とO・ヘンリーと妻との3人暮らしは1年も続かず、妻は実家に、娘は学校に戻ってしまいました。


最晩年の3ヶ月をどのように過ごしたかは不明で、著者の齋藤氏は、酒に溺れながら孤独に原稿を書き続けていたのではないかと推定しています。
病院に担ぎ込まれたO・ヘンリーは、妻が駆けつけるのを待つことなく48年の短い生涯を終えました。多くの名作を残した作家生活は、わずか8年の短い期間だったといいます。


O・ヘンリーの作品に見られるユーモア、ウィット、ペイソスは、きっと満ち足りた生活に根ざしたものに違いない。
そんなふうに、勝手に想像していました。


しかし、本書で知った彼の生涯が、決して幸せに満ちたものでなかったことに、少なからずショックを受けました。


それでも、偶然のいたずらでO・ヘンリーは賑やかな葬儀をむかえます。


彼の足跡をたどる第1章の終わりに、著者はO・ヘンリーの葬儀の様子を次のように紹介しています。

  なにかの手違いで、葬儀当日のまったく同じ時刻に教会では結婚式を挙
  げる予定が組まれており、まるでO・ヘンリー自身が仕組んだような一
  幕があった。(中略)結局、葬儀を先に行うことになったのだが、開始
  の遅れた式が済まないうちに、笑いさざめく婚礼の客が集まる事態となっ
  たらしい。おそらく勿体ぶったことを嫌ったO・ヘンリーは、かたちば
  かりの名士の付き添いより、陽気に婚礼を祝う庶民の仲間に見送って欲
  しかったのではなかろうか。


第2章では、O・ヘンリーの作品を4つに分類して、それぞれの魅力を解題してくれます。


O・ヘンリーについての「日本ではじめての本格的評伝」とのことです。学者さんの書いた評伝と文学論なので、少し読みづらい印象を受けますが、O・ヘンリーの愛読者には価値ある一書です。