犬がいたから


著者:石黒謙吾  出版社:集英社  2007年11月刊  \1,260(税込)  165P


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『盲導犬クイールの一生』作者として知られる石黒謙吾さんが書いた、初の短編小説集です。(『盲導犬クイールの一生』の内容は昨年2月27日のブログを参照ください)


ペットと暮らすことは、人の心に安らぎや慰めをもたらしてくれます。
犬がいてくれたことで、人生のさまざまな局面に深みが増す。犬なしに人生を語れない石黒さんが、そんな7つの物語を紡いでくれました。


小説に初挑戦という石黒さんは、ストーリーそのものと同じくらい力を入れて、主人公の心情をイメージさせる音楽や、匂い、触覚の舞台装置を整え、それから創作を開始したようです。
主人公が、浪人生だったり、母のいない少年だったり、警備員だったりと、著者本人の体験を基にした短編のほか、OLも主役を務めています。


読みはじめて、第1話の浪人生の境遇にさっそく浸かってしまいました。


仕送りなしのひとり暮らしで、学費や絵の具代も稼がなくてはならない。主人公の芸大浪人生が感じる寂寥感は、自分が18歳でひとり暮らしをはじめたときのことを思い出させました。

   徐々に僕にまとわりついていくのは、希望ではなく不安。楽しさ
  ではなく、寂しさだった。バイト中、無愛想にお客の前にコーヒー
  を出す。忙しくなるとトレーを投げるように置く。先輩の指図にふ
  てくされる。顔が死んでいる自覚はあった。鏡を見て、まずいな、
  と危機感をつのらせてはいたのだが、大きな塊となった憂うつさが
  顔を曇らせる。

しかも、自分より絵のうまい予備校生に囲まれ、主人公の心はささくれだっていきます。そんな「僕」に寄り添ってくれるのは、バイト先の踊り場につながれていた柴犬のジローでした。バイト先に出勤するとき、毎晩8時の「パッへルベルのカノン」を合図にしたゴミ集めを終えたとき、ジローは「僕」の目を見つめてくれました。


閉塞した日常を打ち破るように、バイト先の名曲喫茶が閉店を迎え……。


この他、波の音、車のエンジン音、『展覧会の絵』、『ボレロ』など、各小説の背景に流れる音を聞きながら読んでもらえることを想定しています。


表紙を見ると、つぶらな瞳でこちらを見つめている豆柴の写真が載っています。このカバー写真のモデルは、2年前に石黒家にやってきて家族の一員となり、「先輩」と呼ばれているそうです。犬好きなら手を伸ばしてしまうに違いない勇姿を見せ、「石黒先輩」はこの本の売り上げに貢献しているのですね。家族の一員として。


盲導犬クイールの一生』は、一匹の盲導犬の一生を追う実話で、最後にクイールは亡くなってしまいました。多くの人の涙をさそう物語でしたが、本書に登場する7つの掌編は、けっして「泣ける」小説を意図していません。静かに、淡々と物語が進んでいきます。


音楽を繰り返し聞くように、繰り返し開いてみてはいかがでしょうか。


人生のいろいろな場面に犬がいた。
犬がいたから救われた。犬がいたから深く生きられた。


そんな思い出のある方に、特にお勧めです。