マイクロソフトでは出会えなかった天職


副題:僕はこうして社会起業家になった
著者:ジョン・ウッド著 矢羽野薫訳  出版社:ランダムハウス講談社
2007年9月刊  \1,680(税込)  287P


マイクロソフトでは出会えなかった天職 僕はこうして社会起業家になった    購入する際は、こちらから


少年時代のジョンは、アメリカの片田舎で暮らす子どもの一人でした。
決して裕福な家庭ではありませんでしたが、家族はジョンに読書のすばらしさを教え、あと押ししてくれます。


母はジョンが幼いころ何時間でも本を読んでくれ、祖母は「本があれば寂しくないよ」と教えてくれました。たくさんの本を買うほど家計に余裕がなかったので、父はジョンが10歳のクリスマスに自転車をプレゼントしてくれます。自転車があれば、家から5キロの公立図書館に毎週かようことができるからです。


教育の大切さを身をもって知ったジョンは、MBAを取得したあと、銀行勤務を経て、マイクロソフトに転職。ビル・ゲイツスティーブ・バルマーと一緒に仕事をする要職につき、エリートビジネスマンとして世界を飛び回るようになりました。


あるとき、休暇で訪れたネパールの学校にほとんど本がないことを知り、校長先生に、本をプレゼントすることを約束します。
友人に本の寄贈を呼びかけた電子メールを送ったところ、予想を上回る3千冊もの本が集まり、1年後に再訪した村でジョンは大歓迎を受けました。
マリーゴールドの花輪を競うように首にかけてくれ、自分たちが森で集めた花びらを、ジョンの手のひらいっぱいに積み重ねてくれます。いよいよロバの背から荷物が降ろされると、子どもたちは箱から出された本に群がって、目を丸くしてキリンやカバの写真を見つめました。


教育の機会に恵まれない子どもたちに、もっともっと本をプレゼントしたい。
ジョンの心に、新たな人生の目標がめばえました。


マイクロソフトの多忙な仕事と両立させる方法はないものか。考えながらネパールの首都カトマンズを歩いていたジョンは、出会った修道僧に導かれて修道院の祈りの場に加わりました。


30人の修道僧が低くお経を唱えるなか、ジョンの心は葛藤に包まれます。
  数百万人の子どもが本を読めずにいるというのに、
  台湾で来月ウィンドウズが何本売れるかということが、
  本当に重要なのだろうか。


未来を照らす光を感じながら修道院を出たジョンは、思わず吹きだしそうになりました。
――おいおい、あまりに型どおりじゃないか。
  欧米人が修道院で人生を変えるなんて。


こうして会社を辞めたジョンは、「ルーム・トゥ・リード」という組織を立ち上げ、途上国に学校や図書館などの教育施設を設立する活動を開始します。
手探りではじめたジョンの活動には、他の慈善団体と違う特徴がありました。


ひとつは、貧困国のみじめな状態の写真を使わない、泣き落とし作戦には頼らない、ということです。
人間の尊厳を否定するような写真の代わりに、山奥の村の子供が帽子とガウンを着て卒業式に臨む写真などを使い、寄付のもたらす効果や希望を想像できるよう工夫しました。


また、多くの慈善団体と違い、「ルーム・トゥ・リード」はお金の行く先を「正確に」報告します。寄付者は、現地写真を見ることによって、自分が出したお金で学校や図書館が建てられたを実感でき、現地を訪問することもできます。


そして、ジョンの活動の一番の特徴は、マイクロソフトで学んだビジネス手法を日々の活動に活かしていることです。

  • 「結果を出せ、結果を出せ、結果を出せ」と言い続けるスティーブの結果重視の姿勢。
  • 相手が上司であっても、自由に反論して熱い議論を交わす伝統。
  • 具体的数字に基づいて行動すること。
  • 部下が上司に注意を払うように、上司も部下のことを気にかけること。


ビジネスの世界の経験を活かしたジョンの活動は、大きな渦を巻き起こし、これまでに建設した学校は287校、図書館3540ヵ所、届けた本は140万冊に達しました。


著者のジョンは、貧しい子どもたちのために自分の人生を捧げる青年です。感動的な物語であるのはもちろんですが、本書は私にとって特別な共感を与えてくれる一冊になりました。


少年時代のジョンと同じく、私も都会から遠く離れて暮らす庶民の一人でした。
ジョンの母は教育を受けていましたが、私の母は生活のために子守奉公に出されてしまったので、小学校も卒業できませんでした。


私の母校は全校生徒20人の小・中学校です。
学校には、プールも体育館も図書館もありませんでしたが、遠方の篤志家が本を毎月送ってくれたおかげで、私はジャン・バルジャン赤毛のアンやハイジを知ることができました。


本書を読んで、私は自分の子どもの頃を思い出しました。
ジョンと同じように片田舎で過ごした少年時代。
――ジョン、君も僕と同じだったのか。


そして、ジョンと同じように本を送ってくれた人のおかげで本に親しむことができたあの頃。
――ジョン、君と同じ志を持った人に僕は本のすばらしさを教えてもらった。
  世界のはじっこにいる気分だったあの頃、本のおかげでどれだけ世界が
  広がったことか。


その後、自分たちが受けなかった教育を子どもに受けさせたい、という両親の後押しで、合計5つの奨学金を受けながら、私は大学院まで進学させてもらいました。
ジョンの勤めたマイクロソフトとは比べものになりませんが、私もIT産業のはしくれで働く機会を得て、一生懸命はたらいています。


ジョンのように会社を辞めて行動を起こす勇気がありませんが、「ルーム・トゥ・リード」の日本語ページを見ながら、何か協力できないか考えてみようと思います。


読み終わって、じっとしていられなくなる本です。
自分と世界を変えるきっかけになるかもしれませんよ。