ひとは情熱がなければ生きていけない


著者:浅田 次郎  出版社:海竜社  2004年4月刊  \1,470(税込)  222P


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1999年から2003年にかけて各種月刊誌に掲載した浅田次郎氏のエッセイや講演の内容をまとめた本です。


エッセイなので、ラスベガスで思いっきり散財してきたなんていうバカ話も混じっていますが、父親が事業に失敗して一家離散したという自身の生い立ちや、作家を天職と考える由縁も語っており、ズシンとココロに響く内容です。


本書は、まえがきもプロローグも無しに、浅田氏が本格的に机に向かうきっかけとなったエピソードからはじまります。
一家離散のあと、ようやくナイト・クラブのホステスをする母と一緒に暮らせるようになった矢先、浅田氏は私立中学を受験したいと言いだしました。経済的にたいへんでしたが、母は息子の希望をかなえることを決めます。合格を何よりも喜んでくれた母は、入学祝いに大きな3冊の辞書を買ってくれました。戦争中に満足に学校に通えなかった母は、息子に何も教えてあげられません。3冊の辞書には母の思いがこめられていました。
念願かなって作家となった今でも3冊の辞書は身近に置いています。
やがて母が亡くなったとき、母の書棚に自分の全著作を発見し、さらに小さな辞書とルーペも見つけました。
大きな辞書を息子に買い与えてくれた母は、小さな辞書を開き、ルーペを見ながら、そっとついてきてくれたのです。


浅田氏は、高校卒業後に自衛隊入隊、というおよそ作家らしからぬ経歴を持っていて、プロフィールを見るたびに不思議に思っていました。
本書はこの疑問を解いてくれました。
浅田氏の入隊直前に、三島由紀夫自衛隊に乱入して割腹自殺しました。文学を志す者の一人として、浅田氏は三島の行動と死の理由を突き詰めるために自衛隊に入隊したのです。
なぜ自衛隊に入隊することが三島由紀夫と文学を突き詰めることになるのか。
説明されても分からない種類の行動ですが、ともかく浅田氏は「見知らぬ先人の骨を拾いにゆく」と当時の心境を語っていました。


早熟な文学青年は、その後、なぜか遅咲きの作家になりました。しかし、「人が思うほど、私は苦節の日々を過ごしてきたわけではなかった」と浅田氏は言い、小説を書くことが昔も今も好きで好きでたまりません。
たとえ売れても売れなくても、自分は情熱だけで生きていける。


本書のタイトルは、浅田氏のこの確信を逆の言い方で表現したものだったのですね。