海峡のアリア


著者:田 月仙  出版社:小学館  2007年1月刊  \1,575(税込)  268P


海峡のアリア    購入する際は、こちらから


在日朝鮮人二世として生まれ、クラシック音楽のオペラ歌手をしている著者が家族の歴史、日本と朝鮮の不幸な歴史を語り、その中で日本と韓国と北朝鮮がよい関係を構築していけることを念願し行動してきた自身の活動を語っています。


著者の田さんの両親は、朝鮮半島南部に生まれ、それぞれの事情で日本にやってきました。
その後、日本が敗戦して太平洋戦争が終了。
日本の敗戦は、朝鮮半島の解放を意味しました。帰国する人も多いなか、田さんの両親は日本に残りました。


音楽大学を目指して高校生活を送っていたころ、父親の事業の失敗で家族は離ればなれになります。支援者のおかげで音楽の勉強を続けることができた田さんは、大学に願書を提出したところ、「受験資格がありません」と拒絶されました。田さんが通っていた朝鮮学校を卒業しても、高校卒業の資格が与えられなかったのです。


受験を認めてくれた桐朋学園大学短期大学部芸術科の受験に合格し、学生生活を送るようになると、日本人以外の学生が一人しかいなかったので、良くも悪くも目立ちました。
田さんは、芸術の世界では目立つことは良いことだ、と前向きにとらえます。
  私は単なる音楽好きなお嬢様ではない。
  私は必ず、なにものかになってみせる。
そう心の中で思っていました。


卒業し、声楽家としてのキャリアを積みながら、田さんは北と南に分断された祖国の両側で、そして日本で、最高指導者・首相の前で歌う機会を得ました。
1985年、平壌公演では金日成主席の前で歌いました。
1994年にはソウル定都600年記念オペラ「カルメン」を主演。
2002年ワールドカップの際は、小泉総理が金大中韓国大統領を歓迎する公演で独唱。また、サッカー日韓試合で国歌を独唱しました。



こんな輝かしい経歴を持っていますが、田さんの胸の中には、自分の家族や多くの同胞達が受けた悲しい仕打ちが影を落としています。


特に、田さんの異父兄たちは、理想の楽土と信じて北朝鮮に帰ったものの、スパイの疑いをかけられて収容所に送られるという経験をしています。2番目の兄の死のあと、他の兄弟も後を追うように亡くなっていきました。
壮絶な経験をした家族の苦しみだけではなく、田さんは北朝鮮に拉致された横田めぐみさんの両親の思いも受け止め、歌を通じて人々の心を癒す活動を開始しました。


祖国分断を越え、差別を超え、歴史に根ざす恨みを超える歌姫が自身の言葉で半生を語り、現在の心境を語っている一書でした。


朝鮮と日本の近世の歴史をよく知らない人にこそお勧めしたい本です。