副題:一枚のカードに込められた成功法則
著者:井上富紀子,リコ・ドゥブランク 出版社:オータパブリケイションズ
2007年4月刊 \1,575(税込) 272P
2005年10月13日のブログでリッツ・カールトンホテルの日本支社長を勤める高野登さんが書いた
『リッツ・カールトンが大切にするサービスを超える瞬間』
を紹介しました。
お客様に感動を与えた実例と、感動を生む“しかけ”を解説したものでした。
今日紹介するのも、やはりリッツ・カールトンを賞賛し、しかけを解説する本です。
今回の案内人は、世界中のリッツ・カールトン制覇をめざし、この3月に目標を達成したリッツ・カールトンの大ファンである井上富紀子さんと、ザ・リッツ・カールトン東京総支配人のリコ・ドゥブランクさんです。
ホテル界での歴史は浅いとはいえ、リッツ・カールトンは全世界に63個所も展開されています。ポケモンのスタンプ・ラリーじゃあるまいし、それを全部まわってみようというのですから、そんなことを思いついて実行する井上さんは、はっきり言ってお金持ちです。
本書で「私はもともと贅沢志向ではない」と弁解しておられますが、ご自分で会社を経営しているのですから、恥ずかしがることはありません。
井上さんは、訪れたリッツ・カールトンで心地よいサービスを受けます。あまりに素晴らしいサービスは、「心地よい」とか「満足」を通りこして「感動」の領域に入るものでした。
本書では、井上さんが体験した感動のエピソードを20話紹介し、ドゥブランクさんが、感動を生む“しかけ”を解説してくれます。
20回に分けてあっても、根本精神は一枚のカードに込められています。本書の副題でも「カード」の部分に「クレド」とルビがふってあるように、リッツ・カールトンでは、サービスの信条が書かれた「クレド」という小さなカードを従業員全員が携帯し、大切にしているのです。
詳しいカードの内容は本書をご覧いただくとして、本書に書かれた感動のエピソードの中でも、最も多くのホテルマンが参加した秘話(リッツ・カールトンでは“ミスティーク”と呼びます)を紹介します。
セミナーや仕事でザ・リッツ・カールトン大阪に4連泊していた時のこと。
いつものように朝食券を持って1階のレストランに行ったところ、いつもならお気に入りの席を覚えていてくれる案内係が、店の奥へ奥へと連れていきます。
厨房の中まで入っていくと、調理人たちが「井上さま、お誕生日おめでとうございます!」と声をかけてくれました。
案内係は、さらにずんずん進んでいき、厨房の裏口の従業員専用エレベータにたどり着きました。うながされるままエレベータに乗ると、2階で扉が開きました。
目の前にズラーッとスタッフが並び、
「お誕生日おめでとうございます、井上さま」
と声を揃えてお祝いしてくれます。
劇場の幕のように扉が閉まり、エレベータは3階に着きました。
扉が開く。またもや整然と並んだスタッフが祝福の声をかけてくれる。
扉が閉まる。4階に着く。またもや整然と並んだスタッフが。
扉が閉まる。5階に着く。
5階では、ふだん午前中は営業していないフレンチレストランが、貸し切り状態で朝食を用意してくれました。
朝の忙しい時間に、どれだけ多くのスタッフが動いたことか。
一般企業ならマネージャーから大目玉をくらいそうなこのミスティークを、ドゥブランクさんは、「能動的にプランニングを起こし、それを実現してくれたスタッフに、私は感動の拍手を送りたくなりました」と賞賛しています。
ラグジュアリーホテルがどれだけお客様のことを大切にしているか、そのホスピタリティ精神は徹底していて、感心を通りこして感動の領域に入ります。
リッツ・カールトンはすごいホテルなんだなあ、と巻末まで読み進んだところで、「自分は泊まったことがない」と、ふと我に返りました。
ドゥブランク氏は「誰に対しても分け隔てのないおもてなしの心こそ、いちばん大切なホスピタリティ精神だと考えます」と20番目の秘密に述べています。当然のことですが、「誰に対しても」は、「お客様の誰に対しても」のことで、決して「すべての人々に対して」ではありません。
リッツ・カールトンのサービスを実際に体感するためには、まず自分がエグゼクティブにならなければなりません。こんなに素晴らしいサービスの実例がある。でも、自分は遠いところからながめているだけ。
そういう目で読みかえすと、これほど格差社会を感じさせる本も珍しいです。
一つ粒で二度おいしい、と言うと叱られるかな。