著者:宇江佐真理 出版社:集英社 2006年5月刊 \1,680(税込) 271P
「小説すばる」に6回にわたって連載した連作小説です。
時は江戸時代。明暦の大火からしばらく経ったころ。
所は江戸一番の盛り場、両国広小路。
仁寿堂という薬種屋のご隠居が、五日に一度、店を閉めたあと机と腰掛けを表通りに持ち出します。
机にかぶせた覆いの垂れのことろに、「お話、聞きます」と書いてある。辻占いでなく、単に話しを聞くだけの「聞き屋」というちょっと変わった商売をはじめるところです。
ただ話を聞く。
お代も客の志しだい。
何か胸につっかえのある者が男の前に座り、ある客はポツリポツリと、ある客は一気に吐き出すように話をはじめます。
男の名前は与平。
父親が立て直した薬屋を、自分の代で更に大店(おおだな)に発展させ、3人の息子に店をまかせたあと悠々自適の楽隠居……と世間の評判です。
しかし、与平には、墓場まで持って行かなければならない秘密があります。鯰の長兵衛という岡っ引きが、与平が何事か隠していることを確信していて、聞き屋をしている与平の前に現れては、客の支払いの一部を巻き上げて帰っていきます。
何でも金目当てでものを考える長兵衛に、いい加減、与平はうんざりです。
体の不調を覚えた与平は、残された時間が短いことを覚ります。
もっと話を聞かなければならない。もっと。
冥土の土産にするには、まだまだ足りない。
そんな与平の前に、他家に嫁いで無縁となっているはずの先々代の店主の女房が現れて、物語は展開をはじめます。
先々代の女房が鯰の長兵衛に話した疑念とは……。
時代物の小説には、歴史上の有名人や大きな事件を軸にしたものと、最初から最後まで淡々と庶民の姿を描いているものがあります。
司馬遼太郎は前者の書き手で、山本周五郎は後者の作品を多く残しました。
本書には、制約の多い封建社会を舞台に、それでも一生懸命生きた庶民が描かれており、山本周五郎の庶民物の雰囲気が漂っていました。
著者の宇江佐氏は山本周五郎の衣鉢を継ぐ作者の一人かもしれません。