「愚直」論


副題:私はこうして社長になった
著者:樋口 泰行  出版社:ダイヤモンド社  2005年3月刊  \1,680(税込)  230P


「愚直」論  私はこうして社長になった


『一生懸命って素敵なこと』を書かれた林文子さんの講演会に先日参加しました。
社員を大切にし、お客様を大切にする林さんのお話をうかがう中で、ダイエーの樋口社長のことが、たびたび話題にのぼりました。
ともにダイエーの再建を担うお二人ですので、樋口社長の経験や人柄にも触れてみたい、と興味をもち、本書を手に取りました。



樋口さんは、松下電器に入社したあと、ハーバード大学のMBA(経営学修士号)を取得され、その後、外資コンサルティング会社、外資系コンピュータ会社(アップル、コンパック)を経て日本HP社の社長になった方です。
転職によってキャリア・アップする、という流れは、まだまだ日本に根づいていませんので、樋口さんの経歴は、とても華々しくみえます。


しかし、樋口さんは本書で自身の歩んできた道を振り返りながら、「愚直」に自分の目の前の課題に全力で取りくんできたことが、今の成功を導いた、と語っています。


日本IBMの北城会長も、著作の中で「自分は決してエリートじゃない」と書いておらました。
経営のトップに上りつめた人も、地味で注目されない仕事に没頭していた時代がある、という共通項があるのでしょうか。


樋口さんの場合は、最初の職場がそうでした。
開発部門とはいえ、肉体を酷使しなければならない、新入社員の誰もが嫌がる職場に配属されました。
退職も考えた樋口さんでしたが、このまま逃げ出すのはイヤだ。どうせ辞めるなら、何か成果や実績をあげてからやめてやる、と踏みとどまりました。


樋口さんは語ります。
  このとき安易に逃げ出していれば、いまの自分はなかっただろう。
  それはそれで別の人生が開けたかも知れないが、困難な状況に置か
  れるたびに、同じように逃げ出していたように思う。
  何かに見切りをつけるとき、前向きのやめ方と後ろ向きのやめ方がある。


仕事の成果を認められ、海外留学のチャンスを得たものの、ハーバード大学のMBAコースは、あまりに難易度の高い教育環境でした。
来る日もくる日も、睡眠時間を削りながらの予習に追われ、教室では英語力不足でディベートに参加できないもどかしさを感じる日々。
成績の悪い学生には、容赦なく放校処分が待っています。
気がつくと誰もいない教室の前に立ち、「帰りたい帰りたい」と呪文のように唱えながら重厚な木のドアに頭を打ちつけている自分を発見することもありました。
教室のドアが、まさに自分を阻む壁に見えていたのです。


1年目を放校処分ギリギリの成績でパスし、2年目には少し余裕も出てきた著者。
最終的にハーバードのMBAを取得したことは、大きな自信を得ると共に、新たな道が開けるきっかけにもなりました。


その後も、著者らしい「愚直」な姿勢でに仕事にまい進し、とうとう日本HP社の社長になりました。(外資系コンサル会社で、アップル社で、コンパック社で、それぞれ貴重な体験が語られていますので、詳しくは本書を参照ください)


本書を最後まで読み通して、ちょっと意外だったのは、ダイエー社長に就任するいきさつにも、ダイエー再建の意気込みにも、最後まで言及していないことです。


それもそのはず、よく見ると、本書の刊行日は、ダイエー社長就任の3ヵ月前でした。


本書を企画した段階では、日本人としては珍しい経歴を持った経営者にスポットをあてた出版だったようです。
ダイエー社長としての決意や抱負が読める、と思ったのは、私の勝手な勘違いでした。


でも、全力投球で「愚直」に仕事に取り組んできた姿勢は、これから社会人生活を送る人だけでなく、私のような中年サラリーマンにも、感動と共感を与えてくれる内容でした。

仕事の姿勢についてヒントと刺激を受けたい方にお薦めです。