あなたと、どこかへ。


副題:Eight short stories
著者:吉田修一他  出版社:文藝春秋  2005年5月刊  \1,100(税込)  205P


あなたと、どこかへ。 eight short stories


8人の作家がドライブにまつわる物語を書いた、おしゃれな連作短編集です。


どの小説もホッとする内容でしたが、「本を読む旅」と題した石田衣良さんの作品が私のココロに一番しみたので、少し詳しく紹介します。


石田さんは1960年生まれ。1997年の『池袋ウエストゲートパーク』で注目され、2003年に直木賞を受賞しています。


他の7人の作家は『あなたと、どこかへ。』というタイトルの通り必ず誰かとドライブしているのに、この作品は男の一人旅のお話。
編集部から小説を依頼されたはずなのに、物語としての起伏はまったくありません。仕事の疲れを休めるために旅に出た「ぼく」は、まるで、石田さん本人のよう。小説ではなく、あまのじゃくにエッセイを書いたのかもしれませんよ。


それはさておき、本を読むために旅に出る、というのは何とぜいたくな時間の使いかたでしょう。
「ぼく」は、わくわくしながら、3泊4日の読書旅行に持っていく本を選びます。


  くつろぎにでかけるのだ。あまり硬派なものは望ましくない。
  かといって、内容のない薄っぺらな本は嫌だ。
  文章だって最低限ひっかからずに読めるくらいの洗練度がほしい。
  そうなると、必然的にいろいろな種類の小説を残すことになる。


こういう趣向を持っている「ぼく」は、間違ってもビジネス書なんか読まない人なんでしょうね。


渋滞がはじまる前に都心のマンションを車で出発し、「ぼく」は渋滞にも巻き込まれずに東名高速で快適なドライブを楽しみます。
心の半分は運転に、残りはモーツァルトの初期の交響曲にまかせ、11時過ぎに海沿いのリゾートホテルに到着しました。


さっそく海外ミステリーを手にした「ぼく」は、ホテル自慢の海鮮パスタの昼食をはさんで、夕方の3時に1冊目を読了します。


  ぼくは作者の名前を、暇ができたときに気晴らしに読む作家のリストに加えた。
  これは無数にいるようで、なかなか長くならない貴重なリストなのだ。
  普通に気持ちよく読めるというだけで、小説は立派なものである。


少しそこいらを散歩したあと、「ぼく」は次の小説を開きます。
連作の捕り物長はうまいそばのよう。
味の予想はつくのに、いくらでもつるつるとページをたぐることができます。


夕食を食べながら、「時代小説の次は何を読もうか」と楽しい思索にふける「ぼく」。
まだ8冊も残っています。
本を読む旅はまだ始まったばかり……。




他は、吉田修一角田光代甘糟りり子林望谷村志穂片岡義男川上弘美の各氏。
名前は聞いたことがあるものの、どの作家の作品も読んだことがありません。やはり小説の読書量が少ないなぁ、とちょっとだけ反省。


どの作品にも車の名前が出てきませんが、実はこの短編集、日産TEANAを告知するインターネットサイトに掲載された作品を一冊にまとめたもの。
8名の作家のサインを配した表紙には8枚の風景写真が載っており、そのうち4枚に深い紺色のセダンが写っています。


良いセールスマンは車を売るのではない。車のある生活、新しい暮らし方を売るのである。と聞いたことがあります。


新車で買った車も、何年かすると日常生活にどっぷり浸かってしまい、洗車をサボってうす汚れてきても、気にならなくなります。
新しい車に乗るときのワクワク感、日常生活から離れるドライブの楽しみを忘れていませんか?
――と問いかけてくれるような短編集でした。


本書を読んで、学生時代の恋人や、結婚生活をはじめた頃の初々しい気持ちを思い出してみませんか。


忙しい毎日の生活を少しだけ横へ置くことができるのも、読書の醍醐味ですよ。