あなたの知らないガリバー旅行記


著者:阿刀田高  出版社:新潮文庫  1988年4月刊  \420(税込)  234P


阿刀田氏は古典文学を平易に解説した「○○を知っていますか」を連作しています。
今日とり上げるのは「あなたの知らない……」というタイトルですが、『ガリバー旅行記』を題材にしてアレコレ語っていますので、同じシリーズなんでしょう。たぶん。
(あやふやで、ゴメンナサイ)


阿刀田氏のファンというほどの読み手でもない私が、この本を読みはじめたのは、ひとえに『ガリバー旅行記』が懐かしかったからです。


40歳以前の方には申しわけありません。
少し、古い話をさせていただきます。


昔むかし、昭和40年代に、NHKラジオ第一放送で夕方5時半頃にラジオドラマを放送していました。
月曜日から金曜日まで、約10分の名作ドラマシリーズでした。
当時、小学生だった私は、この時間はいつも家業(酪農)の手伝いをしていました。
夕方の乳しぼりのため、牧場で草をは(食)んでいる乳牛たちをよび集めるのが私の日課です。
ティッシュペーパーの箱くらいの大きさの「ポータブルラジオ」を片手にさげ、牛を追いながら、ラジオから聞こえる物語に耳をかたむけました。


短い作品で1週間、長い作品だと1か月くらいに分けて放送してくれます。テレビドラマも良いのですが、ラジオにはラジオの良さがあります。
どんな作品だったかほとんど忘れてしまった中で、江守徹氏の『地底旅行』(ジュール・ベルヌ作)と、小沢昭一氏の『ガリバー旅行記』(スウィフト作)の二つが印象に残っています。


40歳以上の人も、こんな古い話は覚えていないかなぁ……。
グーグルで「ラジオドラマ ガリバー旅行記 小沢昭一」でサーチしたら、なんと「価格.com トップページ」の1件しかヒットしませんでした。
グーグルでヒットしないことは、いまや世の中に存在しない扱いを受ける時代です。
ちょっと長くなりますが、本の内容の前に、このドラマのことを詳しく書かせていただきますね。


ガリバー旅行記」にも「ラジオドラマ」にも「昭和40年代」にも縁のない人には申しわけありません。
興味のない方は、以下を読み飛ばしてください。




さて、ラジオドラマ。
小沢氏の『ガリバー旅行記』は、1週間に1航海を取りあげ、ガリバー氏が帰国報告講演会を開催するという設定でドラマ化していました。
ガリバー氏は、
 「わたくし、たいへんな経験をして、無事かえってきたのでございますよ」
と、まるで『小沢昭一の小沢昭一的こころ』と同じ口調で小沢氏が語るのでございますよ。


みなさんもご存じの小人国、巨人国、あまり知らないかもしれない空飛ぶ国、そして馬の国。


帰国してもしばらくは漂流先での経験が忘れられません。
小人国から帰ってきたガリバー先生には、回りの人間がとても大きく感じられました。
巨人国から帰ってきたとき、回りの人間の身長を小さく感じたガリバー先生は「どけどけ! 踏みつぶされたいか」と叫び、逆にボコボコにやられてしまいましたとさ。


4週間のドラマは、毎週、主題歌が変わりました。
少年時代の記憶というのは恐ろしいもので、なぜか、4週目の「馬の国」の主題歌だけは、メロディーも歌詞も覚えています。


  ♪フィヌム、フィヌム、フィヌム、フィヌムって何のことー……


(こんな古い歌詞でも、これ以上引用するとJASRACに叱られるかもしれないので(笑)、あとは割愛させていただきます)


「馬の国」に理想的社会の姿を見たガリバー先生は、現実の人間社会の不純さにガマンできません。とうとう、帰国報告会の途中に席を蹴ってしまい、ラジオドラマも突然の終了を迎えました。


原作のスウィフト先生も、さすがにネタ切れだったのでしょう。


そんな個人的思い出の『ガリバー旅行記』を阿刀田氏はどのように紹介してくれるでしょうか。


読んでみると期待通り。豊富なウンチクをお持ちの阿刀田さんですから、『ガリバー旅行記』の内容をおもしろおかしく語ってくれました。


阿刀田氏の指摘では、古典文学の例にもれず、作中に登場する地名等を引用した後世の作品も多いとのこと。空飛ぶ国の名前「ラピュータ」は、宮崎駿監督のアニメ作品のタイトルでも有名ですね。
もう一つ阿刀田氏が紹介していたのは、「馬の国」に登場する野蛮人「ヤフー」の名前を使った、沼正三著『家畜人ヤプー』という小説。三島由紀夫も愛したという奇書らしいのですが、何とも気持ちの悪い内容。


また、阿刀田さんは、作品にかこつけて、自分自身のこともたくさん語っていました。
小沢昭一さんも個人的回想の一部に登場してきましたよ。何でも、小沢さんは同じ大学の、同じ仏文科の、同じ教授に習った先輩とのこと。


不思議な因縁で、小沢昭一さんが登場しました。
今日はずいぶん長文になってしまったので(汗)、本日の本の内容紹介はここまでとさせていただきます。


付け足しのように著者を紹介すると、阿刀田氏は短編の名手として知られています。
おととし出版された『風の組曲』は、薄気味わるい連作短編集で、最後のドンデン返しの心地よさと、背筋が寒くなるような読後感が印象的でした。


スウィフトの毒は過激です。
それを解説する阿刀田氏の毒も、なかなかのものですよ。