冠婚葬祭のひみつ


著者:斎藤 美奈子  出版社:岩波新書  2006年5月刊  \777(税込)  224P


冠婚葬祭のひみつ (岩波新書)


先日も永江朗著『〈不良〉のための文章術』を取りあげたように、私は文章講座、文章読本というジャンルが大好きです。こんなに文章読本が好きになったのは、『文章読本さん江』という本を読んだのがきっかけでした。


文章読本さん江』は、世の中に氾濫している古今の文章読本を一つひとつ検証し、その内容に秘められた男性作家の思い上がりを笑い飛ばす内容。
4年前に読んだとき、こんなにたくさんの文献を本当に全部読んだの? とたまげると同時に、それを鼻にかけるでもなく、文豪の文章をギャグのネタにする度胸のよさに恐れ入ったものです。


その『文章読本さん江』の著者が斎藤美奈子さん。
私をしびれさせた著者の最新作が『冠婚葬祭のひみつ』です。


いやぁ、今回もおもしろい!


「冠婚葬祭」の本といえばノウハウ本に決まっていて、ふつうは面白くもなんともないものです。そのつまらなさそうな素材を取りあげて、江戸時代の習俗を調べ、明治時代から説き起こし、膨大な文献を読み解いて料理してくれました。最後に笑いのスパイスをたっぷりふりかけて食べさせてくれるのが本書です。
岩波新書は、まじめ一方で面白くない」なんて先入観を持っていたら、大間違いですよ。


斎藤さんによると、私たちが慣れ親しんでいる結婚式やお葬式のスタイルは、そんなに遠い起源があるわけではありません。
明治時代の皇太子(後の大正天皇)の結婚がモデルになり、神前結婚式や一夫一婦制が新しい時代の家族スタイルとして日本に定着しました。
また、同じく明治時代に催された思想家中江兆民の葬儀が、葬祭場で行う告別式のルーツだとか。


江戸時代までの日本は血縁よりも地縁を大切にする社会で、「家」を中心にした家族制度なんて、相続する財産のある一部の金持ちのものでした。人数比にしてわずか2%をモデルにした「家父長制度」が民法として整備され、日本は地縁から血縁を重視する社会に変わっていきます。
「しきたり」「伝統」「作法」なんて、蓋を開ければ、案外とそんなもの。「冠婚葬祭は怖くない。ある意味それは、抱腹絶倒の文化なのだ」と著者は断定しています。


第二次世界大戦後、憲法は新しくなっても、慣習はなかなか変わりません。
新しい民法では、新婚夫婦の戸籍は新たにつくるものであって、夫の戸籍に妻が入るわけではありません。であるのに、いまだに“入籍”という言葉が残り、96パーセントの夫婦が夫の姓を名乗っている。こんな社会を「半分だけ民主主義」と著者は命名していて、辛らつな口調で男性中心社会をチクチクと風刺していますよ。


終身雇用制があやしくなり、少子高齢化が進んで家族のありかたが変わってくると、儀式も変わっていくのが自然です。
私は知らなかったのですが、『ゼクシィ』の2004年の調査では「チャペル式」の結婚式が4分の3を占めるそうです。親戚(親の兄弟)が少なくなり、職場関係者よりは友人をたくさん招く風潮にぴったりとのこと。
もはや「神前結婚式」は人前式より少なく1割未満。
もっと驚くのは、日本の結婚式を支えてきた仲人(媒酌人)が全国平均で1割未満になったということ。つい10年前の「6割以上」からの急落は、ジェットコースター並みの落ち込みです。
ずいぶん時代が変わったものですねぇ。


かと思えば、戦後の冠婚葬祭本を分析しながら、この種の本にはベッドイン後のテクニックまで登場することを指摘して、
  「このへん下手なナンパ読本よりよほどよくできている気がするが、
   もったいないので中身は教えてあげない」
と読者をはぐらかしたりもしています。


いやぁ、ほんとにおもしろいです。
ぜひ手にとって、お楽しみください。