シャネル


著者:藤本 ひとみ  出版社:講談社  2005年10月刊  \1,575(税込)  325P


シャネル


シャネルは、女性服や化粧品で知られているブランドです。マリリンモンローがシャネルNo.5(香水)を愛用していた、なんていう話を聞いたことのある方も多いと思います。
本書は、その「シャネル」ブランドの創始者ココ・シャネル(本名 ガブリエル・シャネル)を描いた一代記です。


貧しい家庭に生まれたガブリエルは、母が亡くなると姉と一緒に修道院に入れられました。
いつか父が迎えにくる、と信じているガブリエルに、修道院関係者は、「おまえは捨てられたのだ」と悪意に満ちた言葉をかけます。ガブリエルは周囲の悪意にひるんでしまうような性格ではありませんでした。毒を吸ってためこむ蜘蛛のように、相手の敵意を吸収します。かつて感じたことがないほどの憎悪が胸に満ち、何でもできそうな気がしてくる。ガブリエルは、そんな性格をした少女として描かれています。


修道院を出て洋服店のお針子として仕事を見つけましたガブリエルでしたが、貧しい生活に満足できない彼女はカタギの世界を離れ、酒場歌手を経て、青年貴族の愛人となりました。
お金の心配がいらなくなったガブリエルは、今度は自分の力を試したくなります。
帽子専門店を開店したのを皮切りに、モードブティックの開店、オートクチュール界へのデビューと、ファッションの世界に大きく羽ばたくようになりました。何をやってもファンの心をつかみ、香水やアクセサリーも大ヒットさせます。


やがてガブリエルは、財力によって芸術家たちのパトロンとなり、恋多き女として知られるようになりました。ディアギレフのバレエ団を援助し、ストラヴィンスキーの家族を自分の別荘に引き取り、ピカソに舞台美術を担当させる生活です。
若き後輩の才能に追われ、従業員たちとの軋轢に疲れた彼女は、第二次世界大戦の勃発とともに、香水とアクセサリーの店だけを残し、全店を閉鎖しました。


第二次世界対戦も終わり、戦後台頭してきたディオールのショウウインドーを見て、ガブリエルは驚きます。飾られていたのは、ウエストをしぼり、裾の広がったスカートをはき、踵の高い靴をはいたマネキンでした。
19世紀を復古するようなファッションを見て、ガブリエルに怒りがわき上がってきます。これでは女が自由に動けない。それが戦後だというのか。女から自由を取り上げるのが戦後なのか。


怒りが力に変わり、体中に満ちました。
ガブリエルは宣言します。
「休暇は永遠に終わったわ。私、帰ってきたのよ」


70歳を超えての再デビューはファッション業界誌に散々非難されましたが、ガブリエルは復活に成功しました。
シャネルのデザインは、社会に進出していた女性たちの支持を集めたのです。彼女たちは、着やすく、動きやすく、しかも社会的地位が高いことを示す服を求めていたのです。

人生の最後の日まで働くことを念願しながら彼女が亡くなったのは、1971年1月のことでした。
87歳でした。




  シャネルと深い親交のあった貴重な人物への取材により、
  知られざるエピソードを豊富に書き下ろした決定版
というのが、本書の宣伝文句です。
高級ブランドの創始者というと、本当は縁遠い存在なのですが、波瀾万丈の生涯についつい感情移入しながら読んでしまいました。


著者の藤本ひとみ氏のプロフィールに、
  「西洋史への深い造詣と綿密な取材に基づいた
   歴史小説を発表し脚光を浴びる」
とありました。


西洋史への深い造詣に基づいた歴史小説といえば、佐藤賢一氏や塩野七生氏を連想します。
佐藤氏や塩野氏と違い藤本ひとみ氏は年齢不詳ですが、1985年くらいから作品を発表しているようですので、もうベテラン作家と言って良いでしょう。恥ずかしながら、私がこの作家の著作を読んだのは、今回が初めてでした。


良い作家を見つけたようです。
お試しください。