副題:なぜ我々は働くのか
2003年9月刊 著者:田坂 広志 出版社:PHP文庫 \560(税込) 261P
前回取りあげた『ハードワーク』では、働く目的は「収入を得ること」でした。それは低所得者層、貧困層にとっては紛れもない事実です。しかし、「衣食足りて礼節を知る」という言葉もある通り、仕事をする目的のすべてを金銭で測ることはできません。
本書は、「働く目的は人間的成長のため」と言い切る著者が、なぜ私たちは働くのか、という問いの答えを模索する10回のシリーズ・トークで構成されています。
かつて、心理学者のマズローが「欲求の5段階説」を唱えました。人間の欲求は、「生存の欲求」→「安全の欲求」→「帰属の欲求」→「尊敬の欲求」→「自己実現の欲求」という段階を経て上がっていくという説です。
低所得者層にとって「生存の欲求」が切実なものであることは間違いありませんが、ビジネスの世界で日々「生き残りをかけた」仕事に追われているサラリーマンも、著者に言わせれば「マズロー的ピラミッド」最底辺の思想に覆われているのが現状です。
そうではない!
仕事というのは、そんなものではない!
という著者の渾身の訴えが、本書に展開されています。
成長というのは決して失われることのない報酬である。目標とは成長していくための最高の方法なのだ。顧客はこころの姿勢を映し出す鏡。等々。
自分自身の仕事の体験や出会った人々の逸話が随所に紹介されており、真剣に仕事と向かい合う著者の姿勢に、わが身が引き締まる思いがします。
なかでも、著者の真骨頂を示しているのが、次のようなエピソードです。
著者が新入社員の頃、若手社員どうしで自分の所属する事業部の将来の夢を語り合っていたとき、同僚の一人が、「自分は大学の専門を活かしたかったのに、希望と違う今の部署に回された。君ほど簡単には夢を描けない」と水を差しました。他の若手社員同様、著者も一度は沈黙してしまいますが、考え直して次のように語りかけました。
「たしかに、君の言うとおりだと思う。
もし、逆に自分が辞令一枚で鉱山に行かされたならば、
きっと、しばらくは落ち込むだろうと思う。
しかし、もし、それが受け入れなければならない現実であるならば、
自分は、落ち込んだままではいないと思う。
それが鉱山であろうとも、どこであろうとも、
かならず人間がいる。そして、職場の仲間がいる。
人間がいて、仲間がいるかぎり、きっとそこには夢がある。かならず夢がある。
だから、自分は、もし鉱山に行かされたとしても、
そこで夢を語りはじめると思う。その夢を花咲かせようとすると思う。
そして、もし、その鉱山からまた別のところへ行かされたら、
おそらく、そこでも同じことをすると思う。
飛ばされたところで花を咲かせようとするだろう。
我々は、タンポポだ。
どこかに飛ばされたら、そこでまた、大きな花を咲かせればよい。
自分は、そう思う」
著者の静かな信念が伝わってくる一書でした。