幻想曲


副題:孫正義ソフトバンクの過去・今・未来
2005年6月刊  著者:児玉 博  出版社:日経BP社  \1,785(税込)  354P


幻想曲  孫正義とソフトバンクの過去・今・未来


「幻想曲」というと、はかない恋物語を描いた小説を連想するようなタイトルですが、副題にある通り、本書はソフトバンクを率いる孫正義の生い立ち、事跡をたどるノンフィクションです。


ITベンチャーの旗手として有名な孫氏ですが、本書は、孫氏の不遇な少年時代から筆を起こします。ベニヤ板とトタン屋根のバラック小屋の周りに豚の鳴き声が絶えず、悪臭に包まれるような劣悪な環境に生まれた孫は、幼少時に受けた差別をきっかけに、在日韓国人三世という出自を隠した少年時代を送ります。
どんなに優秀でも教師や公務員になれない日本を離れた孫は、米国留学をきっかけに実業家人生をスタートしました。
長年コンピュータ産業に従事した人はご存知と思いますが、80年代のソフトバンクは、コンピュータソフトの流通を本業とする会社でした。そのソフトバンクが、「何もしないことがリスクなんだ」という孫の積極的な経営によって変貌していきます。
市場から資金を調達する直接金融の道を開くナスダック・ジャパンの創業、投資した米ヤフーの急成長、メディア王ルパート・マードックとタッグを組んだテレビ朝日の買収劇、プロ野球球団ホークスの買取など、孫は次々と話題をふりまきながら疾駆します。


会社を変貌させ続ける孫は、その都度、パートナーを取り替えつづける一面も持っています。
慢性のB型肝炎に冒された時に大森康彦氏を社長として招きましたが、会社が大森色に塗りあげられそうになると見るや、強引な手段で大森を会長に退けました。また、証券業界の仕事師、小林稔忠を招聘して5年後のこと。念願の株式公開を果たした頃には、次のパートナー北尾吉孝に夢中になり始めていました。
北尾氏はホリエモンニッポン放送買収劇の終盤に登場した人物としてご記憶の方もおられると思います。元野村證券の国際金融マンという経歴を活かして、時価総額経営を標榜してM&Aを繰り返す孫の強力なパートナーでしたが、最近は二人の不仲説が流れています。


本書では、やや批判的に描かれている孫氏ですが、彼がいなければ日本の株式取引業界や通信業界の革新が遅れていただろう、というのは誰もが認める事実です。
ヤフーBBのおかげでADSL料金が一気に下がったように、携帯電話市場への参入は、また携帯電話業界を革命的に変貌させるかもしれません。
携帯電話事業には国際金融マンは必要ないでしょうから、北尾氏との不仲説も、つい納得してしまいます。では、携帯電話事業でどんな人物をパートナーに選んだのでしょうか。
残念ながら、本書は2001年7月までの雑誌連載をベースにしているので、そこまでは書かれていません。


本書の元になった日経ビジネスの連載をはじめる前、「蜃気楼」というタイトルを予定していました。孫はこのタイトルを嫌悪して、別のタイトルを付けることを取材を受ける条件に挙げたそうです。
それにしても、代わりにつけたタイトルが「幻想曲」とは……。
筆者は取材をはじめる前から、孫の存在を一過性で消えていく運命にあるものとして表現することを決めていたようです。
それは、エピローグの次の言葉にはっきりと表れています。
   しかし、最終的に経営者として名を残すのは後者(楽天の三木谷やラ
   イブドアの堀江)のような気がする。なぜなら孫は、経営者ではなく、
   やはり時代が生んだ一代の梟雄に他ならないからだ。


こんな取材対象に失礼なタイトル名でも、孫は取材を受けつづけました。太っ腹というべきか、厚顔というべきか。並みの神経でないことは確かです。