潜入ルポ アマゾン・ドット・コムの光と影


副題:躍進するIT企業・階層化する労働現場
2005年4月刊  著者:横田 増生  出版社:情報センター出版局  \1,680(税込)  395P

アマゾン・ドット・コムの光と影


著者は物流業界紙の編集長経験を持つフリーのライターです。大きな仕事が一段落したところで狙いを定めた次の取材ターゲットがアマゾン・ドット・コムでした。
アメリカでのネームバリューを背景に日本に上陸し、着実に売上を伸ばしているアマゾンですが、不思議なほど雑誌や新聞で取り上げられることがありません。業界仲間によると、ほとんど取材に応じてくれないので、記事の書きようがない、とのこと。
そのアマゾンのアルバイト募集を偶然見つけ、著者は“潜入取材”を決行します。
著者が中年アルバイターとして採用されたのは、日本通運の関連企業がアマゾンから委託されている配送センター。ここには何十万種類もの本やCDが集められ、利用者からの注文に従って個別に梱包され発送されていきます。著者は注文の一覧表を渡され、そこに書いてある番号の棚から本やCDを探してカートに入れる「ピッキング」という作業を開始しました。
1分3冊以上という目標を告げられますが、慣れない著者は1分に1冊もピッキングできません。それでも毎日、自分のピッキング冊数や効率が数値で示されると、時給が上がるわけでもないのに、「ようし、もっと数字を上げてやる」という意欲が湧くから不思議です。ノルマに向かって黙々と歩き回るアルバイトの群れに混じり、著者は「搾取されている」ことを実感するようになりました。


潜入取材というと、ルポルタージュの古典ともいうべき鎌田慧の『自動車絶望工場』が有名ですが、まだ『自動車絶望工場』の舞台になったトヨタ自動車生産現場には人間的交流がありました。機械ができない単純作業を工賃の安い人間にやらせる、という仕事内容は同じでしたが、期間工(期間限定雇用)から正社員への道も開けていました。
しかし、ニューエコノミーの旗手であるアマゾンの末端には、全く人間的要素はなく、時給900円の著者の後から時給850円の後輩が入ってくる状態で、昇給よりも減給の影に怯えて過ごさなければなりません。


著者が最も居心地の悪さを感じたのは、このセンターで働く人たちが著者自身も含めたアマゾンの利用者と別の階層に属している、ということでした。
著者の独自調査によると、アマゾンの利用者の75%以上は、世帯収入が500万円を超えています。一方のアルバイトの年収は200万円そこそこで、最新のパソコンを買うこともままなりません。さらにアルバイトという身分では、クレジットカードを持つことも難しい。
会社勤めの正社員という階層に属する利用者が自宅のコンピュータから本を注文すると、アマゾンで一度も買い物をしたことのない人々がセンターを這いずり回るようにして本を探す、という構図。
著者は山田昌弘著『希望格差社会』の記述を引き、経済的な“勝ち組み”と“負け組み”を隔てる「希望格差」こそが日本社会を引き裂きつつあると警告します。
労働現場の嘆息が聞こえてきそうな、潜入取材ならではの一書でした。


「光と影」という書名で「影」を中心に述べられている本書ですが、アマゾンは日本最大のオンライン書店として売上を伸ばし続けている、という「光」の部分もあります。
著者の指摘する“秘密主義”の一環で、日本単独の売上高は発表されていませんが、推定では書籍だけで1000億、全体では2000億を超える売上です。
1000億の書籍売上といえば、有隣堂文教堂などの売上500億規模の第2集団を追い越し、紀伊国屋書店丸善と肩を並べるトップ集団に入ります。また、2000億円超といえば、コンビニのファミリーマートやローソンと肩を並べるぐらい大きな小売になっているということです。
借金に借金を重ねて事業拡大してきたアマゾンも、大幅に負債を縮小しつつあるそうで、ますます“リアル店舗”を脅かす存在になるかもしれません。


私自身もアマゾンのブックレビュアーとして利用者に本を薦めていますが(レビュアーランキングは今424位です)、実は1度も購入したことがありません。(何しろ、“買わずに図書館を利用する”派なので……)
その点、本書の著者はよくアマゾンを利用していて、便利な使い勝手に惹きつけられているそうです。なんでも、購入した本の履歴を覚えていてくれて、他の購入者の傾向も参考にして類書を薦めてくれる。まるで自分専属の読書コンサルタントが付いてくれているような気がするそうです。
1500円以上購入すると送料がタダになるそうですし、私も一度利用してみようかなぁ。