ダ・ヴィンチ・コードの「真実」


副題:本格的解読書決定版
原書名:SECRETS OF THE CODE
2004年12月刊  著者:ダン・バースタイン  【訳】沖田 樹梨亜
出版社:竹書房  \1,680(税込)  335P


ダ・ヴィンチ・コードの「真実」―本格的解読書決定版


ダ・ヴィンチ・コード』(2004年11月1日のブログ参照)が、相変わらずよく売れているようです。
ダ・ヴィンチ・コード』のジェットコースターに乗せられたような物語展開は読み終わっても後を引きませんが、西洋史に関する謎解きの数々には「本当だろうか?」という疑問が尾を引きます。同じように疑問を感じる読書を放っておく手はない、と謎解き本もたくさん出版されているようです。
その中で、『ダ・ヴィンチ・コード』著者のダン・ブラウンへのインタビューが載っている唯一の本、というので本書も読んでみました。


各界の専門家の文章をかき集めた本書には、『ダ・ヴィンチ・コード』の内容は正しい、とする説も、間違っている、という説も紹介されていて、なんだかディベートの現場に立ち会ったような面白さがあります。


私自身が興味深く感じたのは、『ダ・ヴィンチ・コード』のストーリーの背景となっている「現在に伝えられているキリスト教が成立する以前には、後に異端として葬られた数々の福音書があった」という推定です。
初期のキリスト教はひとつではなく、いくつにも分かれていたらしいのです。
ダン・ブラウンによれば、権力基盤を強化したいと考えた教会の指導者たちが、西暦325年にニケーアで開催された公会議でイエスを神とする教義と、決定版の聖書を作り出したらしい――どちらもそのときまで存在しなかった、といいます。
この公会議で採用されなかったトマスによる福音書には、自分のなかになるものを引き出せばその人は救われ、引き出さなければその人は破滅させられると書かれています。自分自身のなかにあるもの、人間に本来備わっている何かを引き出すことができれば、それが神へと近づけてくれるという意味です。
マグダラのマリアによる福音書には、あなた自身のなかに人の子を見いだしなさいと記されています。言い換えれば、自分自身のなかに神を探しなさいということです。
現在の正統(英語で言うとオーソドックス)なキリスト教では、神へと近づく唯一の道は教会を通じて見つけるべきです。教会を否定しかねないこんな危険な教義は異端とされてしまいました。
インタビューに応じて以上のような説明をしてくれたエレーヌ・ペイゲルスが、「両方とも、どちらかといえば仏教の教えに似ていますね」と言っているのが印象的でした。このような宗派が残っていたら、世界の宗教地図も変わっていたかもしれません。


また、「キリストを表す最初の象徴は、十字架ではなく、魚だった。十字架がキリストの象徴として使われるようになったのは四世紀か五世紀」という話も紹介されていました。
十字架というのは、磔(はりつけ)を連想させるシンボルで、キリストを殺した異教徒への憎しみを掻き立てるものだ、と聞いたことがあります。もし魚がキリストのシンボルだったら、キリスト教が違った種類の宗教に発展したかもしれません。


謎を解いてくれるはずの本書は、いろいろな「if」を考えさせてくれる本でもありました。