2005年2月刊 著者:やなせ たかし 出版社:フレーベル館 価格:\1,575(税込) 340P
やなせたかしは「アンパンマン」の作者です。小さなお子さんのいない方は知らないかもしれませんが、子供たちに絶大な支持を得ているアニメの作者は86歳になりました。
本書は、やなせたかしの誕生・生い立ち・現在の仕事について書かれた一代記です。80を過ぎたジイサマの昔話はおもしろく無さそうに思いますが、著者は本業の漫画ひとすじではありません。絵本400冊、詩集20冊あまり、画集、エッセー、メルヘン集を執筆した他、雑誌編集、脚本、舞台構成、作詞・作曲、とうとう84歳でCDを発売して歌手デビューを果たし、コンサートも年に数回実施しています。「サービス精神旺盛」と自分でも言っている通り、文章も飽きさせない工夫があり、「あぁ、おもしろかった!」と本を閉じることができる内容でした。
著者は、コミック雑誌には一度も描いたことがなく、漫画家としてはなかなかヒットが出ませんでした。経済的にもたいへんな日が続いたようで、本書でも売れない時代の悲哀が語られています。
「50歳過ぎても相変わらずで(中略)、あいまいな職業のC級漫画家として人生が終わるのも、かえって晩年の幸福と言えるかもしれないとあきらめてしまったのは哀れです」
「(アンパンマンの大ヒットで勲章をもらって)カミさんがもっと若くて美しかった頃にやりたかったなと影のような淋しさが一瞬通り過ぎていきましたけれど……」と。
後の大ヒット作「アンパンマン」を1973年に発表したときも周りの評価は散々で、他の仕事と同じように消えていく運命にありました。
しかし、プロの予想に反し長い期間をかけて子どもたちの人気が出て、1990年に一千万部を超えます。一千万部というとすごい数字のように思いますが、漫画週刊誌の発行部数が百万〜二百万部もある業界ですから、「これでなんとか仲間の中でいくらか認めてもらえるかもしれないと、ほっとひと息つきました」と言っています。ようやく業界の一員らしくなった著者は71歳になっていました。
この3年後に妻が他界するまでのわずかな期間、著者は「いくらか人生が華やいでウキウキ気分」「このあたりが、今考えれば一番よかったのかもしれませんね」と振り返っています。
いつ死んでも不思議はないと自称する著者は80歳のラインを超えたところで視界が変化します。金もいらなきゃ名もいらぬ、私しゃも少し健康が欲しい、という境地に達しました。魅力的な仕事が押し寄せ、魅力的な女性にも巡り遭うのに体力がなくてこなせない。それでも著者は「切ないことになりました。食欲のなくなった老猫が、カツオブシの倉庫に迷い込んだような具合です」と、おどけてみせます。
高齢化社会というと暗いイメージがありますが、本書を読んでいると「長生きすれば人生が開けることもある」と希望がわいてきました。
私にとってのやなせたかしは、小学生の時に見ていたNHK「まんが学校」の先生と「手のひらを太陽に」の作詞者ということを知っているだけの遠い存在でした。代表作となったアンパンマンも名前だけは知っていましたが、2年前に当時2歳の娘といっしょに見るまでどんなヒーローか気にしたこともありませんでした。
いざ見てみると、悪役のバイキンマンがいい味出してます。正義のヒーローもアンパンマンだけでなく、食パンマン、カレーパンマン、焼きそばパンマンなど多彩です。毎回のように新しいキャラクタが登場するのも魅力で、おとなでも結構おもしろく見られる番組と感心してしまいました。
でも、あくまでアンパンマンは子どものヒーローです。本書も表紙がアンパンマンの顔なので、娘は自分の本だと思っているようです。(図書館に返したことがバレると許してくれないかもしれません)
新年度を向かえ、いよいよ娘も幼稚園に入園です。幼稚園にはバイキンマンも食パンマンもいるでしょう。ジャムおじさんのように温かく見守ってくれる先生がいるといいな。