ブラフマンの埋葬


2004年4月刊  著者:小川 洋子  出版社:講談社  \1,365(税込)  146P


ブラフマンの埋葬


著者の小川洋子については「芥川賞作家」ということしか知りません。『博士の愛した数式』の方が売れているようですが、「ブラフマン」という言葉に引かれて、こっちを読むことにしました。
インドのウパニッシャド哲学でブラフマンは宇宙の究極的実在を指すそうです。ブラフマンが埋葬されるんだったら「アートマン」(個人の究極的な実在)はどうなるんだろう。何か哲学を命題にした小説なのかなぁ。……という私の予想は全く当たりませんでした。


ブラフマン」は、ケガをして森からやってきた小さな動物です。ケガの手当てをしてやったり、エサの心配をしてやったり、トイレの躾をしたり。ブラフマンを自分の部屋に入れることによって、単調だった「僕」の生活は張りのあるものになります。
「僕」は芸術家が滞在する「創作者の家」の管理人をしていて、傷の癒えた愛くるしいブラフマンをかわいがります。静かな生活の描写が続いたあと、突然ブラフマンは死を迎え、静かに埋葬されてこの物語は終わります。


ブラフマンは何者だったんでしょう。最初は犬のようにも思わせる描写もありますが、指の間に水かきがあったり、ながーい尻尾を持っていたり。最後まで「森からやってきた小さな動物」ということ以外は明かされません。
「僕」の住んでいる町も、日本の軽井沢あたりを連想させる描写もありますが、「川に流された亡き骸を埋葬する人が集まった」というのが町の成り立ちですから、何とも不思議な場所です。


実在しなさそうな場所で不思議な小動物を可愛がったある青年の一夏の経験。何の寓意もなさそうな、静かな静かな物語。
ちょっとだけ心が温かくなったような……。