2004年6月刊 著者:黒井 克行 出版社:新潮社(新潮新書) 価格:\714(税込) 237P
男の引き際をテーマに9人の引退・転身を取り上げ、その業績と引き際のみごとさを描いた本である。
「引き際」といえば、オーナー創業者でありながら身内の人間を会社に入れずスパッと社長を辞めた本田宗一郎が有名だが、私自身は彼の言動について書かれたものを読んだことがなかったので、本書で取り上げられたエピソードは新鮮に感じた。
また、ロッキード事件の検事を務め、将来の栄達が約束されながら定年まであと6年を残して法曹界を離れた堀田力の生き方も颯爽としている。特捜部検事の現場にこだわり続けていたが、偉くなりすぎて希望していた特捜部長になれる見通しがなくなった。ボランティア団体の輪を全国に広げる運動に新たな人生の意義を見出し、彼は法務省ナンバー3の地位を捨てた。
その他、江夏豊、池永正明、寺尾常史、鐘ケ江管一、荒井注、小出義男を取り上げ、それぞれ引退にまつわるドラマを描いている。
9人の内訳は、スポーツ界が4人、経済界2人、芸能界・法曹界・政界が各1人である。著者も書いているが、スポーツ界というのはどこで人生の線引きをしてもあまり非難されない。ピークを過ぎたことを悟って引退すれば「惜しまれてやめる」ことができるし、それでも続ける選手も「体がボロボロになっても闘う姿」を賞賛される。
それに比べ、経営者や政治家が引き際を誤ると、「晩節を汚した」「老害」等と非難される。同じ有名人でもスポーツ選手に比べると可愛そうな気もするが、スポーツ選手は個人の技量で闘っているのに対し、経営者や政治家は大勢の人に支えられて初めて成り立つものである。ノーブレス・オブリージ(高い地位に伴う道徳的・精神的義務)を自覚しなければならない。
本書の「はじめに」で紹介している伊庭貞剛は住友二代総理事に就任してわずか4年で退職するとき、次のように言ったそうだ。「最高の位、最高の禄、これを受くれば久しく止まるべきではない」と。
本書の主題はこの言葉に尽きる。